Episode1-ナゼル


 力任せに打った渾身の一撃を右手一本でやすやすと薙ぎ払われて、両腕にじんとした鈍い痛みが走った。体を使った勢いが災いして、思い切り体勢が崩れる。
 足に力を入れてその場に踏み留まって、すぐに顔を上げたけど、すっかり昇った太陽が目に飛び込んでくらりと眩暈がした。
 しまった、と思うよりも先に、鼻先に剣先が突きつけられ、からかう口調で声が降ってくる。

「決着着いたな? 姫さん」
 ……ああ、もう。何だか今日は勢いで勝てそうな気がしたのにっ!
 大きく溜息をついて、あたしは潔く構えていた剣を下ろした。
 あたし、ダリア・フィーリア・ルノケッシア。
 名前の最後にあるのは国の名前。名乗る事が出来るのは勿論直系の王族のみ、という訳であたしの身の上は察して貰えるだろうか。
 わが国ルノケッシアは、豊富な鉄資源に恵まれ小さいながらもわりあい豊かな国だ。そして今や神話となってる三代目の女王マリア・ディル・ルノケッシアが立ち国が平定されて以来、王位継承権は直系の女児が持つ事がしきたりとなっている。 
 つまり私の母は山合いに囲まれた小さな国の女王で、その一人娘であるあたしは、抗えるはずもなく次期女王候補として――それはもう日々厳しく教育されている。今日はちょっと主旨が違うけど、今やってる剣の稽古もその一つ。歴代の女王は、戦神としても有名だったというマリアに倣い、ある程度剣術を修める事となっているのだ。

「参り、ました」
 悔しさに歯軋りしたい気分だったけど、あたしは潔く敗北を認める。
 いつのまにか目の前にいた大柄な男はスイっと刃を潰した練習用の剣を引くと、そのまま肩に担ぎ上げ、大きな口を開けて笑った。目元に大きな傷があり、それが彼の印象をとっつきにくいものにしてるけど、こうやって笑えば、彼本来の朗らかさにカバーされる。
 二十八歳の男盛りで、鍛えられた筋肉は炎天下の稽古ながらも汗一つ掻いていなかった。――またそれが悔しいんだけど。

「ははは、姫さん、俺に敵おうなんて百年早いって。……まぁ、でも大分筋力ついてきたんじゃねぇか? 始めたばっかの時は、青白くてさ、いつその細ッこい腕折っちまうんじゃないかとこっちがビクビクしてたんだよな」
「……何年前、の話よ。ソレ、……はぁ、……おかげ様でこの通り元気になりました。腕は正直あんまり太くはなって欲しくないけどね」
 激しい稽古に息継ぎしながら、それでもあたしは言い返す。
 彼――あたしの、専属護衛官でもあり、数年前から剣術の師匠でもあるナゼル・イーストは、親指で目元の傷跡を撫でながら、ニヤリと彼らしい笑みを浮かべた。
「姫さんも大変だな。筋肉はともかく、もうちょっと肉付けろよ。あんまりギシギシしてると抱き心地良くねぇし、男としてはだなぁ……」
「はいはいセクハラはもうおしまいにしてくださーい」
 また始まったかと、あたしはいつもの様に右から左へとナゼルの言葉を流す。
 次期女王とその護衛としては気さく過ぎる会話だと思うけど、ずっと昔からこうだったので違和感は無い。そもそも最初に引き合わされた時に、敬語を使わないで欲しいと頼んだのはあたしだ。

 いつもの様に軽口を叩きあってる内に、大分、息は整ってきた。
 あぁ、でも体を動かしたおかげですっきりしたわ。
 実はここ連日、いまいち得意じゃない……どころかとても苦手なダンスの練習が続いていて、あたしのイライラは最高潮に達していた。体を動かす、という事では今やった剣の稽古と同じなのに、どうしてこうも勝手が違うんだろう。

「ホントにすっきりした。ナゼル近衛隊の訓練見なきゃいけなかったんでしょう? 無理に付き合ってくれて有難う」
「大丈夫だって。訓練はもともと助っ人だからな。本来の仕事はお前の相手なんだから気軽に頼れよ。……俺は、お前の為にいるんだからな」
 ゆっくりと首を振ってナゼルは最後だけ声音を落とした。
「……?」
 ……まぁ、あたしの護衛役だもんね。

「はは、有難う。でもなるべく迷惑掛けない様にするわ」
 真面目な顔を作ったナゼルにあたしは笑顔を向ける。
「……まぁ、いいけどな」
 何故か小さな溜め息を一つ漏らしてから、あたしの顔をじっと見て、少ししてからナゼルは話題を変えた。
「そうだ、何なら剣の稽古朝じゃなくて午後からにしたらどうだ?」
 ダンスの練習が終わって早々中庭にやってきた理由はとっくに察しているらしい。思い付いた様にそう提案したナゼルに、あたしはなるほど、と頷く。
 ダンスの稽古は午後からだ。そっか、そうしたら、二度手間にならずにすむわね。
「ホントね。そうしようかしら……」


「――駄目ですよ。午後の日差しは強いですから。折角の雪の様な白い肌が焼けてしまいます」

 あたしの言葉を、男の人にしては少し高い声が遮った。凛とした涼やかな声にあたしは、ある事を思い出し、あ、と小さく叫ぶ。
 くるりと振り返ったそこにいたのは、あたしの教育係のセーヴォトだ。
 腰まである羨ましい程サラサラの長い銀髪を一つに束ね、異国風の装飾が施された丸い眼鏡を、細く長い指で押さえている。あたしと目が合うと、その厚い眼鏡の奥の瞳がすいっと細められた。
「ダリア様。お勉強の時間をとっくに過ぎております」
「ごっごめんっ! すぐ部屋に戻ります」
 慌てて謝り手にしていた剣を元の場所に戻そうと足の向きを変えたら、それを察したナゼルがヒョイと持ち上げ「直しといてやる」と引き取ってくれた。
「ナゼル、ホントに有難うねっ」
「おう。また明日な」
 ポンと軽く頭に手を置かれてあたしは笑顔を向けたのも束の間、こほん、と急かす様に咳払いしたセーヴォトに、あたしははっとして小走りで出口に向かった。


2007.4.20更新




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