Episode11-ナゼル


 何を言えばいいんだろう。
 あたしが選んだのはセーヴォト。けど、ナゼルとエリス、二人の気持ちは嬉しかった。
 セーヴォトに対する感情とは違うけど、二人ともあたしにとって大事な 人にはかわりないから、その事だけは伝えたいんだけど……やっぱり、それってただの自己満足なんだろうか。


 そんな事を考えながら、あたしは重い足取りで、ナゼルの待つ中庭に向かっていた。
 渡り廊下を通り過ぎた所で、ぽんっと軽く肩を叩かれて、振り向くとそこには、まさに今考えていたナゼルの姿があった。

「よっ姫さん!」
 手を上げていつもの様に軽い挨拶をする。その変わらない様子にあたしは心の底からほっとした。

「……今日も、よろしくね」
「おう」
 上手く笑えてるかな。そう不安になりながら、なるべく自然にナゼルと二人、肩を並べて歩き出す。

 ……どうしよう、かな。
 今、何も言わないって事は、婚約の話に触れたくないって事かな?
 なら、無理に話すべきじゃないよね。
 どこかほっとしながら、ちらりとナゼルの顔を盗み見る。
 鼻歌なんか歌ってたりして、何なら機嫌いいの? なんて聞きたくなっちゃう。それ位、本当にナゼルはいつも通りに思えた。



「うーしっ! 今日はここまでにしとくか」
 ナゼルの一声にあたしは構えていた剣を下ろし大きく息を吐く。
 まだ早い時間だと言うのに、今日は日差しも強く、汗が背中から滴り落ちていた。額に浮かんだ汗を腕で拭って、あたしは噴水にの縁に腰掛けて、空を仰いだ。
 今日も疲れたぁ〜っ。
 昼食の前に軽く汗流した方が良さそう。
 額に次々と浮かぶ汗を袖で拭い、息を整えていく。

「ほらよ、姫さん。今日暑いからちゃんと水分とっとけ」
 少し離れた所で剣の手入れをしていたナゼルは、そう言うと携帯用の水入れを放り投げた。あたしは慌てて両手を出しそれを受け取る。

「ありがとう」
 ずっしりと重い感触に遠慮する気持ちも吹き飛ぶ。
 嬉しいかも、ちょうど欲しかったのよね。ほんと……こーいう所、セーヴォトと同じ位、ナゼルも優しいと思う。

 蓋を取り水を口に含む。炎天下の下だったから温い水だったけどすごく美味しく感じた。

 ナゼルはあたしが飲み終わるのを待っているのか、 剣を手にしたままあたしを見ている。

「……一つ、聞いてもいいか?」
「ん? なに」
 あたしは息が整ったのを確認してから、立ち上がりナゼルのすぐ近くまで歩み寄る。お礼を言って棚の定位置に水入れを置いた。

「……姫さんは、本当にセーヴォトが好きなんだよな?」
 心の奥まで見透かされる様な鋭い眼差しにドキリとする。突然の質問に一瞬手が止まってしまった。

「何、突然……」
 避けていた話題を突然振られて、あたしは自分でも分かる位狼狽してしまった。

 ……どう答えるべきなんだろ。
 あたしはセーヴォトが好き、だから彼を選んだ。それは事実だ。
 正直に言ってしまっていいのかな、それでナゼルは傷ついたりしないんだろうか。

 なかなか言葉に出来なくて、あたしは視線を彷徨わせる。 ナゼルはそんなあたしを見て、困ったように苦笑した。

「何つーか……うーん、俺もなかなか立場があってな…… セーヴォトみたいな曲者は、姫さんみたいな恋愛初 心者には向かねぇかもなって」
 ナゼルにしては珍しい歯切れの悪さに、あ たしは首を傾げ、戸惑いをそのまま口にした。
「向かない? ……よく分からないんだけど」
 曲者、って言ったよね。確かに頭は切れるし、 顔もいいし、何といっても魔導師協会会長の実弟だし……。

「……」
 うわ……こうして挙げてみると、欠点なんて何一つない。 正直、あたしなんかでいいんだろうか、と急に不安になってしまった。
 あたしの問いには答えず、ナゼルは中断していた手入 れに戻り、剣を真っ直ぐ前に掲げると、目を細めて剣先を睨んだ。

「まぁ、それはともかくとして……。肝心なのは最初の 質問。ちゃんと答えてくれよ。じゃなきゃ俺は諦めてやらねぇぞ。姫さんは、本当にセーヴォトの事好きなのか?」
 裏を返してまた同じ作業を繰り返す。暫くしてから、ようやく剣を鞘に戻した。


「……好きよ」
 一旦目を瞑って、瞼の裏にセーヴォトの顔を思い浮かべきっぱりとそう言った。
 何故だか今、茶化したり、ごまかしたりなんかしちゃ駄目だと思った。
 立ち上がったナゼルは、にやりと笑ってあたしの腕を掴む。覗き込まれた顔が凄く近かった。

「分かった。姫さんの事諦めてやるよ」
 息がかかる位の距離でそう囁かれて、 あたしは驚く間も無く、額に何か押し当てられた。ちゅっと妙に軽い 音がして、暫くしてから口付けられたのだと知る。

「……っナ、ナゼル!?」
「餞別、な。姫さん、幸せに」
 囁かれた声音は低く掠れている。
 慌てて額を抑えたあたしは、慌てて飛びずさり、ナゼルを睨んだ。
 そこにあったのは、いつもと同じからかうような悪戯めいた表情じゃなかった。

 けれど、寂しそうなその表情は、ほんの一瞬だけ。すぐにいつもの飄々とした 顔に戻る。――胸が、きゅっと締め付けられた。

「……有難う」
 少し考えてあたしがそう答えると、ナゼルは優しい笑顔を浮かべて、 くしゃりとあたしの頭を撫でた。





2007.11.9更新




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