Episode11-XXX




 厚い扉が勢い良く閉められる音は、あたしの心臓を鷲掴む。びりりと床まで震 わせ、その上ご丁寧に鍵まで閉めてから、エリスはくるりと体を返しあたしを睨 んだ。
 その視線は少しでも目が合えば即死しそうな程、激しいもので、あたしは一瞬 にして視線を逸らしてしまった。

……エリス。あの、怖すぎるんだけど。
 セーヴォトとナゼルはとっくにソファに座っていて、助けを求める様に二人に 視線を流すと、セーヴォトは苦笑し、ナゼルは呆れた様な溜め息を吐き出す。……どうやら 助けてくれる気は無いらしい。


 謁見室から女王が退室し、その後すぐあたしは謁見室からエリスに引きずられ 、この部屋に押し込まれたのだ。そして有無を言わせず、一番奥のソファに強制 的に座らされている。

 な、何言われるんだろ……。
 セーヴォトはともかくナゼルとエリスが怒っているのは、火を見るより明らか 。やっぱり、女王の非常識な提案を怒っているのだろう。
 ……でもそれって、正直あたしのせいじゃないし、そもそもセーヴォトがあの 時、『喜んで』なんて答えなければ、こんな事態にならなかったはずだ。
 そこまで考えて首を傾げる。
 ……なんで三人とも何も言わなかったんだろ。
 三人一緒に、なんて侮辱もいいとこだ。候補から外れる十分な理由になった筈 なのに。
 ……いや、待てよ?
 セーヴォトが返事をした時、残る二人の表情は険しいものでは無かった事を思 い出し、あたしは首を傾げる。
 もしかして、それ以前にあたしの『答え』がまずかったのだろうか。
 だって……いくら考えても誰か一人を選ぶなんて出来ないのだから、『選ばな い』と言うしか無かった。自分でも思い切った決断だったと思う、けど。… …やっぱりあらかじめ伝えておく、とか三人に対してもう少し配慮すべきだった のかな。

 必死に理由を考えながらビクビクして待っていると、口火を切ったのは 案の定、というかこういう場合一番キレやすいエリスだった。

「――お前は馬鹿かっ!」
 怒鳴る様にそう叫ぶと、どかどかと足音を立てて、あたしの真ん前に詰め寄っ てきた。思わず後ずさってしまったあたしを誰が責められるだろうか。それ位エ リスの迫力は凄まじかった。

 ……ば、馬鹿って、仮にも一国の王女に何てことを……っなんて逆ギレ出来る 程あたしの心臓は頑丈じゃなくて。
「ホントにこの姫さんは何言ってんだかなぁ?」
 はっはっは、なんて笑いながら、テーブルを挟んで乗り出してきたナゼルに、 両方の頬を思い切り引っ張られても、何も言えなかった。
 だって、笑ってるんだけど、エリス以上に目が真剣だし!
「いひゃいいひゃい」
 普段怒らない人程、キレると怖いって言う事をあたしは身を持って学んだ。
 いや、もう纏う雰囲気がね、明らかに違うのよ。肌を刺す視線が、ブスブス突 き刺さって確かな痛みを感じる位。

「お待ちなさい、二人とも。とりあえずダリア様の言い分を聞きましょう?」

 一人落ち着いているセーヴォトの言葉に、ナゼルがちっと舌打ちし渋々指を離 した。
 い、痛かった……っ!
 手の平で頬を撫でながら、あたしはセーヴォトに感謝の目を向けた。  ああ、さすがセーヴォト。このままだったら二人に絞め殺されかねなかったわ 。
 あたしの視線に応えるように穏やかに微笑んで、セーヴォトはテーブルの上で両手を組んだ。

「しかしダリア様、私も含め三人の気持ちも汲んで下さい。どうして、誰も選ば ないなんて仰ったんですか?」
 一つに束ねた銀の髪がさらさらと揺れる。まるで子供に問い掛ける様な優しい 質問に、あたしはどう答えようか迷った。視線を彷徨わせたあたしに、セーヴ ォトは緩く首を振り、静かに言葉を重ねた。

「私――いえ、この場にいる三人は、心から貴女を愛しています。分かって下さ っているのなら、そのお心を教えて下さい」
 静かな、だけど真摯な言葉に、胸の奥が、ぐんっと熱くなった。
 どうしたらいいのか分からなくて、三人の顔をそれぞれ見比べる。
 ……分かってくれるだろうか。
 あたしは渋々頷き、何度かつっかえながらも、自分の気持ちを正直に話した。

 あたしが話し終わると、それぞれ複雑な顔をして黙り込んだ。暫くしてから最初に口を開いたのは、 セーヴォトだ。
「それでどうして『誰も選ばない』なんて答えになるんです?」
「だから……話したじゃないあたしは……」

「一人を選べないなら、全員選べばいい」
 あたしの言葉を珍しく強い口調でセーヴォトが遮った。 
「え?」
 一体何を、と問い掛けそうになったあたしの口を、セーヴォトの意味ありげな 視線が縫い止めた。
「女王の言うとおり三人選べばいいんですよ。――貴女ならば許される」

 一瞬何を言われたのか分からなくて、あたしは眉を寄せ、セーヴォトを凝視す る。
 つまりなにそれって……女王と同じ意見って事?
「セーヴォト? そんなの許される訳ないじゃない。……エリスやナゼルだって、そんなの嫌でし ょう」

「いいえ? どんな形であれ貴女の夫になれるなら私は嬉しいです」
「まぁ姫さんの事独り占め出来ねえのが辛いとこだがな。手に入らないよりは確 実にいい」
「納得、は出来ないけど、一人で立つお前を見るよりは」

 次々と掛けられるのは信じられない言葉で。

 三人の手を取る……それはとても魅力的だった。誰も欠けて欲しくない。出来 るならずっとそばにいて欲しい。

 ……本当は、答えを決めた時からずっと不安だった。信頼する三人を失ってたった一人で立 つ事が本当にあたしに出来るだろうかって。
 三人の未来を考えたら断るべきだと分かってる。けれど揺さぶられた心は理性 を裏切って問い返していた。
「……本当に?」
 低く声が掠れた。

 あたしの言葉に三人はそれぞれ――許す、とでも言うように優しく笑ってくれた 。

「……ありがとう……」
 ポツリと漏らして俯く。鼻の奥がツンと痛んでぎゅっと唇を噛み締める。
 三人が側にいてくれるなら、どんな事だって乗り越えられる気がした。





2008.2.21更新




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