Episode12-セーヴォト



 ごくり、と唾を飲んであたしは目の前の扉をノックする。
「どうぞ。お入り下さい」
 穏やかな彼の声が、あたしの心臓の動きに拍車を掛けた。
 ナゼルとの稽古も終わり、一旦部屋に戻って湯浴みを終えたあたしを待っているのは、セーヴォトとの勉強だ。
 



 緊張する……っ!
 今日までの期日の課題を小脇に抱え、そっと扉を開ける。
 部屋の中に足を踏み入れると、普段ずっと立っている セーヴォトにしては珍しく中央のソファに座っていた。 あたしを見上げると立ち上がり、座るように促してくれた。
 いつもと同じ優しい表情に胸の奥がちくんと痛む。
 ……やっぱり謝るべき、なんだろうか。
 あたしを好きって言ってくれた事、嬉しかったし、でも……言葉にしたら余計に傷つかないだろうか。
 ああでもない、こうでもないと、言葉を探していると 、セーヴォトが小さく笑った気配がした。 驚いて見上げると、セーヴォトは控え目に 口元を押さえていた。目が合うとほんの少し首を傾げてにっこりと微笑む。

「私如きの為にそんな表情をなさらないで下さい。 私が勝手にお慕いしているだけですから」
 手を下ろし、さらりとそう言って笑みを深くする。
 ……また、ナゼルと同じパターンだ。
 そんなにあたしって顔に出やすいんだろうか。

 多分……ううん、きっと二人は優しくて大人だから、 なかなか切り出せないあたしに気遣って、 先に言葉にしてくれてるんだと思う。
「婚約おめでとうございます。これから忙しくな りますね。誕生式典も迫っておりますし」
 一瞬言葉に詰まる。セーヴォトの言葉に すごく嫌な事を思い出してし まった。
 誕生式典か……ダンス……本当に踊れるようになる のかな……。
「民へのお披露目に……ああ、式典の後、肖像画 でも描かせましょう。エリス様とダリア様お二人が並 べば、とても美しいでしょうね。そうだ。風景画が専門ですが 腕のいい画家の噂をご存知ですか?」
 いつもより饒舌なセーヴォトの口調は、楽しそうだ。
 落ち込んだりしてるよりは全然いいんだけど……、らしく無い様な……? あたしは少し不思議に思いつつも 、セーヴォトの言葉に笑って首を振る。
「知らないけど……肖像画なんてまだ先でもいいんじ ゃない?」
「そうでしょうか? でもその画家、とても美しい絵を 描くそうですよ?」
 噂になるくらい素晴らしい絵か……肖像が云々は 別にして、見てみたい気もするけど……。

 しばらく雑談をして、勉強を始めようかと思った その時、セーヴォトが思い出したように声を上げた。
「そうそう、報告がありまして」
「なに?」
 あたしも釣られる様に顔を上げると、セーヴォトが少しずれたらしい眼鏡を細い指 で押し上げてあたしを見下ろした。

「以前から頂いておりました次期宰相のお話受けさせて頂く事になりました」
 穏やかに微笑んで告げられた言葉に。あたしは大きく目を見開く。
「本当!?」
 誕生式典が終われば、セーヴォトは実家に帰る予定 だった筈だ。次期宰相の話を受けるって事は、ずっと この王城にいてくれるって事よね?
「ええ。……嬉しいですか?」
 小さく頷き、セーヴォトはあたしの勢いに驚いたように 苦笑する。
「もちろん!」
 あたしがそう即答すると、セーヴォトは一瞬動きを止め、 目を眇めた。そしてまるで内緒話でもするようにあたしの方に 身体を寄せた。
「それでは、私にもまだ望みがある様ですね」
「……え?」
 何の事だろう。首を傾げてすぐ側にある セーヴォトの顔を見る。
 うわ、近い……っ!
 セーヴォトはにっこりと微笑んで、 机の上に置いていたあたしの手を握り込んだ。
 意外なほど強い力で。
 ……え? え。
「ダリア様。お忘れですか。元来この国の王族は 一婦多夫制ですよ。今回は第一夫が決まったに過ぎません」
 耳元で囁かれた声に身体がぞわぞわする。

「思し召しがあるのをお待ちしておりますよ。――いつまでも」
 手の甲に素早く口付けを落としたセーヴォトは、 上目遣いにあたしを見る。
 眇められたその瞳の奥に、いつか見た揺らめく熱を 感じた。



2007.8.31更新




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