Episode12-エリス




 ……ナゼル、幸せにって言ってくれた。
 素直に嬉しい、と思う。けど、本当は無理してるんじゃないかって。 ――罪悪感、なのかな。この胸のもやもやっぽいの。

 汗を流しながらそう考えて、仕方無いって無理矢理自分を納得させた。
 だってあたしが選んだのは、セーヴォト。こうなる事は分かっていた筈だ。

 昼食を取り渡り廊下を通って、ダンスの練習室に行かう。いつもならセーヴォト との勉強が先なんだけど、あたしが婚約者に指名したせいで挨拶回りに忙しいら しく、時間をずらして欲しいとの伝言がカナに入っていた。
 ……う〜ん、ほっとしたような、そうでないような……。
 セーヴォトのあの笑顔が脳裏に浮かんで、慌てて首を振り打ち消す。
 今はとにかく! エリスとのダンスの練習に集中しなくちゃっ!
 気持ち駆け足で練習室がある廊下に入ると、 何故かその扉の前にエリスの姿があった。

 ……と、言うよりは明らかに待ち伏せしてました、って感じ、で。
 忙しなく視線をウロウロさせて、あたしを視界に入れると、きりりっと眉を吊り 上げた。そして、ずんずんと足音高く近付いてくる。
 うわ、明らかに怒ってるんだけど……っ!
「エリスっ?」
 ……そういえばセーヴォトだけは止めとけなんて言ってたっけ。

「ダリアっお前っ」
「おや、今日はお二方とも早いですね」
 掴みかかりそうな勢いで怒鳴りかけたエリスの声に、既に部屋の中にいたらしい 、ラギ先生がひょいっと顔を出した。
 今年で五十になるラギ先生、その顔に柔和な皺を刻んで微笑む。呑気なその声 にピタッとエリスの動きが止まった。

 ……た、助かった。
 至近距離まで迫っていたエリスを前に、あたしはほっと胸を撫で下ろして、その 真横を通り抜けようとした。
「練習終わったら話がある」
 擦れ違う瞬間、逃げんなよ、と唸る様な低い声 で呟いたかと思うと、エリスは早足であたしを追い抜き 部屋に入って行った。

「……」
 うーん…… どうしよう……。
 何だか練習する前から疲れた様な。…… まぁ、今逃げても仕方無いよね。
 エリスも勇気を出して気持ちを伝えてく れたんだから、あたしも今の気持ちを精一杯伝えよう。
 あたしは気持ちを落ち着かせる為に 一度深呼吸し、エリスの後を追い部屋に足を踏み入れた。


 二時間後――。
 肩で息をしながらあたしとエリスは、ほぼ同時に長椅子に座り込んだ。
 つ、疲れた……。
「お二方とも、全く息が合っていませんよ。まだ少し時間がありますから、少し 練習をして下さい」
 渋い表情でそう言い残し、先生は部屋を出て行く。
当たり前か。誕生式典まで一ヶ月切ったって言うのに、ちっとも上達してないも んね。先生が焦るのも無理も無い。

 息が整うのを待つよりも早く、エリスは 待ち構えていた様に口を開いた。
「お前男の趣味悪すぎ」
 毒々しい口調で吐き捨てたエリスに、あたしは溜め息をつく。
「そうかなぁ……」
 首を傾げたあたしに、エリスはじろり、と横目で睨んできた。
「俺、城出てくの止める」
「うん……はっ!?」
 頷きかけたあたしは、慌てて顔を上げエリスを見る。

「セーヴォトなんか選ぶから悪いんだ。 お前が泣くの分かってて、諦めてたまるか」
「……それはまた……」
 不貞腐れた様なエリスの表情とその言い分に、 ちょっと笑ってしまう。
 ……きっと、それだけあたしの事心配してくれて るって事だよね?

「そんなに性格悪いかな」
 あたしが独り言の様に呟くと、エリスはくわっと目を 見開きあたしににじり寄ってきた。
「悪いとかいうレベルじゃねぇよ! 大体あいつ兵士とか騎士の間では性悪極悪鬼 畜」
 あたしの肩をがしっと両手で掴んでなをも力説しようとした時、ぎいっと扉が開 く音がした。顔を上げたエリスの表情がびしっと固まる。

「随分楽しそうな話をしていますね」
 首を回して視線を向けると、笑顔を浮かべたセーヴォトが立っていた。





2007.11.23更新




前へ ** 目次 ** 次へ