Episode13-XXX




「納得がいかない……」
 剣を地面に突き刺し、がっくりとうなだれるのはエリス。その背中には哀愁感 が漂っていた。
「なんであいつが勝つんだよ……っ」
 驚きに未だ呆然としているエリスの言葉はあたしの心の中と同じ。
 ――そう、勝負はとても意外な結果に終わったのだ。
「いくら平和だからといっても、お二方とも鍛錬を欠かしてはいけませんよ?」
 優雅に剣を鞘に収めて、セーヴォトは地面に座り込む二人を見下ろして悠然と 微笑む。
 ……まさかセーヴォトが勝つなんて誰が予想しただろう。今まで息を吐くのも はばかれる位激しい打ち合いをしていたなんて微塵も感じさせないその涼しい顔 は普段と変わらず穏やかで、汗一つかいていない。
 思わず力が入った拳を解き、あたしは危ないからそこにいるようにと指示され た壁際から三人の元へ駆け寄った。
 くそ、と吐き捨てて子供の様に地面に足を投げ出したのナゼルは、荒い息を吐 きセーヴォトを睨み上げた。

「抜かせよ。お前が強すぎる。畜生、お前の事だから猫被ったままかと思ったの に」
「力の出し所を間違えるわけにはいかないでしょう?」
 セーヴォトは軽い口調でそう答え、剣をナゼルに押し付ける様に渡すと、あた しに向かって手を差し出した。

 珍しく分かりやすい程機嫌がいい。そんなに嬉しかったんだ……なんて、思っ てる場合じゃなくて!
 あたしはセーヴォトの手を取り、高い位置にあるその顔を見上げた。
「セーヴォト! どうしてあんなに強いの!?」
 魔導師なのに魔法も使わず、曲がりなりにも稀代のドラゴンスレイヤーと呼ば れてるナゼルを数十分で倒すなんて有り得ない。
 セーヴォトは勢い込んだあたしの肩を優しく押さえて、そっと見下ろした。
「魔法も万能ではありませんからね。詠唱時間を考えれば、剣で片付ける方が効 率がいいんです。……さぁダリア様、お部屋に戻りましょうか」
 微妙に答えになっていない返事だったけど、にっこりと微笑むセーヴォトの瞳 は有無を言わせない程強い光を帯びていた。あたし以上に噛みつこうとしたエリ スも有無を許さない雰囲気に気圧されている。
 でもこんな感じで話を反らされて気にならない訳が無い。後で絶対問いただし てやる、と意気込むあたしにセーヴォトは少し困った様に微笑むと、突拍子も無 い事を言い出した。
「さて、まず湯浴みなさいますか」
「……?」
「どうなさいます?」
「え? ……いい、よ?」
 有無を言わせ無い程強い口調で問われて、あたしは訳が分からないまま、朝済 ませたし、と首を振る。
 どうして、湯浴みなんて……?
 今日は謁見室しか行ってないし、そんなに暑くも無いから汗なんてかいてない 。どっちかっていうとあたしより今まで戦ってた三人の方が必要なんじゃないだ ろうか。

「馬鹿だなぁ、姫さん、何のために女王が三日も休みくれたと思うんだよ」
 立ち上がり砂埃を落としていたナゼルは歩み寄ってきてあたしの肩に手を回し て顔を覗き込んでくる。少し馬鹿にした様な軽い口調とその表情に、むっとして 、あたしは唇を尖らせた。
「第一夫を決める為でしょ」
「正解」
 ――近い、と思うよりも早く、ナゼルはあたしの手を取りちゅっと軽く唇を合 わせた。生まれて始めて感じる他人の唇の感触。 少しかさついて、温かく不思議 な感じがした。
「……っなッ」
 反射的に仰け反った体を誰か後ろから引っ張った。あたしの体がすとんと胸に 納まる。
「ズルいぞナゼル!」
 耳元で怒鳴るエリスの声がどこか遠くに聞こえた。
 え、何、今の。
「いいだろ。これ位」
 悪びれずそう答えたナゼルに、あたしは返す言葉が見つからずただ魚のように 口をパクパクと動かしてしまう。

「……」
   今の口付け、なのよね……。
 そう心の中で呟いて、自分の唇に指を当てる。意識した途端、熱がそこから広 がって顔が、熱い。真っ赤になってしまっているであろう顔を両手で隠すように 覆うと、信じられない位熱かった。
 いや、うん。夫になる人なんだから……こういう事もあるわけよね、うん。

 無理矢理自分を納得させて、視線を彷徨わせる。
 うわ……まともにナゼルの顔が見れないんだけど。
「初……めて、キスした……うわ、なんか。は、恥ずかしい、ね……」  三人の視線が自分に集まってる事に気付き、何か言わなくちゃ、と口の中でもごもごと呟く。
 ああ、あたし何言ってるんだろ……っ?
 ちらりとゼルを見上げると、少し呆けた表情をしていた。 あたしと目が合うと困ったように目元の傷をなぞり、苦笑する。
「何だよ。姫さん可愛いなぁ。ちくしょう……もっと粘れば良かった」
 ナゼルの手が再び伸びてきて抱き寄せられたかと思うと、それを阻むように後ろから腰 をがしっと掴まれた。

 エ、エリス痛いんですけど。
 一言言おうと首を回せば、息が掛かる所にエリスのアップが合って、落ち着き かけてた心臓が再び跳ね上がる。
「じゃあ俺もって……ぅわっ」
 また、と思うよりも先にエリスの顔が遠ざかった。驚きに目を瞬き、視線を上 げればそこには一転して不機嫌な表情のセーヴォトが首ねっこを掴んであたしか ら引き剥がしていた。
「離しやがれ……ッ!」
 手足をじたばたさせて怒鳴るエリスは、フーフー毛を逆立ててる小猫を思わせ て可愛い。……本人に言ったら間違いなく怒鳴られそうだけど。
 あたしは突然口付けされた衝撃も忘れ、セーヴォトとエリスの 賑やかなやりとりを見守る。
「はいはい一秒たりとも無駄にする時間なんてございません。……ナゼルは後で 覚えておいて下さいね」
 セーヴォトはパッとエリスを掴む手を離し、口の端を吊り上げて ナゼルに向かって微笑んだ。げ、と呻いたナゼルはそのまま一歩後ずさる。
「では、とりあえず場所を変えましょう?」
 そして、あたしの手を両手で優しく掴み込み嫣然と微笑んだ。





2008.2.26更新




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