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Episode16-セーヴォト ![]() 家族的な集まりだからと、食事会の会場になったのは、割と小さめの部屋だっ た。 あたしは次々と運ばれてくる料理を、機械的に口に運び消費する。居心地が悪 すぎて、あたしは料理を味わうどころでは無かった。 ……言いたい事があるなら、はっきり言って欲しい……。 エリスにエスコートされて部屋に足を踏み入れた時の、嬉しい様な恥ずかしい 様な気持ちもどこかに吹き飛んでしまった。 あたしから向かい側に座っているリンヅ叔父様をちらりと盗み見し、目が合い そうになって慌てて目を逸らす。 気のせいなんかじゃない。今も突き刺すような強い視線を感じる。 普段から決して仲がいいとは言えないけれど、ここまであからさまに敵意を向 けられたのは、初めての事だった。 エリスはカタリーナ様に始終話しかけられているせいで、あまりあたしを見な いから、それには気付いていないみたいだ。多分……家族の前で目を合わすのが 気恥ずかしいんだと思う。あたしだってそうだから。 元々穏やかな性格のカタリーナ様は、 エリスにエスコートされて入ってきたあたしを見て、嬉しそうに微笑んでくれた 。それはすごくほっとしたのだけど……。 ……早く終わらないかなぁ……。 唯一あたしが置かれている状況に気づいていそうな女王は、相変わらず無表情 。自分で何とかしろ、とか思ってそうだよなぁ……。 にこにこしているカタリーナ様に振られた話題に適当に相槌を打っていると、 遅れたヨルダがセーヴォトを伴って入って来た。 遅れた事を詫びて、案内された自分の席に座る。聞き上手な二人が入ったお かげで、その場はいっそう賑やかな時間となった。 時間は過ぎ、カタリーナ様とリンヅ叔父様を部屋の外まで見送ろうと、あたし は腰を上げかけた。すると既に扉に足を向けていたリンヅ叔父様が、それを制止 する様にあたしの椅子の背もたれを押さえる。 「お忙しいでしょう。見送りは結構ですよ」 冷たい声にひやりと背中が寒くなる。 でも、と言い淀んだあたしに、リンヅ叔父様は少し屈んで耳元で囁いた。 「話がある」 続いて告げられたのは、離宮の客室の一つ。 呼び止める間も無く、リンヅ叔父様は、扉の向こうで待っていたカタリーナ様 を伴い、出て行った。 ![]() 何の話なんだろう……。 西の離宮は、元は先代女王の私室があった場所で、今では人通りも少なく滅多 に使われる事も無い。 何が、そんなに気に入らないんだろ……。 将来夫になる……エリスの実のお父さんなんだから、あたしだって仲良くした い。けれど、リンヅ叔父様は、あたしを絶対的に拒絶している様に思えた。 あたしは敢えて誰にも言わず、部屋を出たその足で、指定された部屋に向かっ ていた。 件の部屋に着き深呼吸してから、数回扉を叩くと、案の定リンヅ叔父様が先に 来ていた。 「失礼します」 そう言ってゆっくりと足を踏み入れると、ソファに腰掛けていたリンヅ叔父様 が立ち上がり、窓の側まで移動する。 もう同じ席に座るのも嫌なのだという強い拒絶に思えて、今更ながらシ ョックだった。 あたしは黙り込んだまま、リンヅ叔父様がいた場所と反対側のソファの手前で足を止める 。 「お話は何ですか」 何を怒っているのかは知らないけれど、こうまで拒絶されると、悲しくなって くる。その理由を今話して貰えるのだろうか。 あたしの言葉に、リンヅ叔父様がゆっくりと振り返る。睨み付けるような厳し い眼差しには、確かな苛立ちが含まれていた。 「……何故エリスを選んだ」 低く掠れた声で問われたその言葉に、あたしは真っ直ぐ顔を上げ、きっぱりと 言い切った。 「好き、だからです」 あたしの決死の告白に、リンヅ叔父様は一呼吸置いた後、軽く鼻で笑った。心底馬鹿にしている、という感じだった。 ――悔しい。 どうして分かってくれないのだろう。 あたしがエリスを好きだと言う事は、そんなにおかしい事なのだろうか。 エリスに対する、あたしの『想い』を否定されたみたいで、悔しかった。 自然と睨み合う形になっていたその目を先に逸らしたのは、リンヅ叔父様だっ た。 「エリスが絵を描いているのは、ご存知か」 「……え?」 突然とも言える話題転換に、あたしは一瞬面食らう。けれど動揺した事を悟ら れたくなくて、平気な振りをして答えた。 「……一度、見せて貰った事があります」 何を言うつもりなのだろうか、とあたしは不審気に眉を潜めると、リンヅ叔父 様は、腕を組み、まるで苛立ちを現すように自分の肘を何度も指で叩いた。 「才能の無い貴女には分からないとは思いますが、あれは天才だ」 一気に言い切るリンヅ叔父様の目は赤く、興奮を抑えているように血走ってい た。 あれって……エリスの事よね。……天才って一体……? 確かに、何気なく書いた様な鉛筆画すら、とても上手いと思ったけれど。 しかし、それが今呼び出されている事と何の関係があるのだろうか。 ――一体何なのよ……。 分からないから、リンヅ叔父様の勝ち誇ったような顔が不安で、――とても悪 い予感がした。 「エリスに剣など必要ない。神をも超えるあの腕が怪我でもして動けなくなるか と思うと私は不安で夜も眠れませんよ」 「……剣?」 「ええ、貴女を守りたいと、家族の反対を押し切り始めた剣です」 それは初耳だった。あたしが始めてから暫くしてから、それを倣う様にエリス は剣を始めた。その事に何の疑問も保たなかった。 「あれも本当は絵が描きたい筈だ。貴女さえエリスを選ばなければ、今頃絵の勉 強をする為に、マナに向かっていた。本人もそれを望んでいた。――それを貴女 はぶち壊しにしたんだ。エリスから筆を取り上げるなど、旅人から水を奪うよう なもの、きっと近い内に後悔する事になる」 エリスが望んでいた? 確かに女王から、エリスは外国へ遊学に行く予定だとは聞いていた。 マナは、商業と芸術の街だ。特産など目立つ物は無いが、気候にも恵まれ、 なだらかな起伏の山や湖に囲まれたその景色は、とても美しいという。 古い歴史を持つマナならではの、古代建造物も手付かずで残っており、 それ故に大陸の芸術家が集う場所と言われている。 あたしは、てっきり剣技が盛んなバーセラ辺りだと思い込んでいた。 ――そんなに好き、なんだ。 心の中で呟いて、愕然とする。 衝撃が胸を貫いた。 その時の感覚は、まさしくそれだった。 違う。あたしは知っていた。 ……好きだと言ってくれたから、だから選んだ。あたしもエリスが 好きだったから。 返事をした時、とても喜んでくれて抱きしめてくれた。エリスを選んで良かっ たと思った。 けれど実際は――あの綺麗な笑顔の裏でエリスは、何を諦めたのだろう。 女王の伴侶が、執務の片手間に絵を描く時間など在る訳がない。つまり、エリ スは好きな絵を二度と書けなくなると言う事だ。 「エリスの才能は絵だけでは無い。彫刻も……」 途切れる事の無いリンヅ叔父様の鋭い声が、あたしを責め立てる。 脳裏にエリスの笑顔が過ぎる。 エリスの部屋に遊びに行った時、エリスは生き生きと絵について語ってくれた 。 『ああ、それ苦労したんだ。空の習作なんだけど、なかなか思った色にならなく てな、グーリカから取り寄せた……』 本当に好きなんだ、とあたしは思った。――だから、知っていた筈なのに、気 付けなかった。 黙り込んだあたしに、リンヅ叔父様は興奮しきった様に顔を赤くさせつ、満足気 な笑みを浮かべた。 「貴女は姉上そっくりだ。鈍感で無神経で芸術などちっとも……」 「それ以上の侮辱は私が許しませんよ」 リンヅ叔父様の言葉が、誰かの声に遮られた。 反射的に振り向いた扉の先にいたのは、セーヴォトだった。 その姿を認め、リンヅ叔父様は不機嫌に顔を歪ませた。 「次期宰相殿か……まぁいい。私の話はここまでだ。ダリア君が賢明な判断を下 してくれる事を願っているよ」 リンヅ叔父様は苦々しくそう吐き捨てると、セーヴォトを睨み付け、部屋から 出て行った。 静まり返った部屋に、あたしとセーヴォトが残る。 「ダリア様。あまりお気になさらない方が……」 気遣わしげに掛けられた言葉に、あたしセーヴォトを見上げた。 リンヅ叔父様との会話を聞いていたのだろうか。 「セーヴォト……」 違う。この表情は何もリンヅ叔父様の非礼を責めている表情じゃない。 「……エリスの事、知ってたの?」 確信を深めて、あたしは静かにそう尋ねた。 「ええ……以前城下で噂になっている画家の話をしたでしょう?」 そういえば、肖像画がどうとか言っていた気がする。あの時は、冗談のつもり で、まだ早いと流してしまったが……。 「もしかして、エリスの事なの?」 あたしの言葉にセーヴォトは静かに頷いて肯定する。 「どうして、言ってくれなかったの?」 責める口調になってしまったあたしの肩に手をやり、セーヴォトは静かに口を開 いた。 「私もあの時は知らなかったのです。あの後肖像画 を依頼したいと調べましたら、絵は全てリデア家から出ていました。 以前からエリス様が絵を書いていた事は知ってい ましたし、……多分そうではないかと推測は出来ました」 感情のまま声を荒げて、セーヴォトに八つ当たりしてしま った事に自己嫌悪する。 ごめん、と小さく謝ると、セーヴォトは少し微笑んで許してくれた。 「……エリス、どんな絵描くのかな」 ふとそう思った。声に出ていたらしい、セーヴォトは少し考える様に天井を仰 ぐと、深く頷いた。 「それはもう素晴らしい絵を」 まるで見たものを思い返す様なその様子に、あたしは子供の時の様にセーヴォ トの袖を引いた。 「セーヴォトは見た事あるの?」 「ええ。知り合いの屋敷に飾ってあるのを見た事があります。良ければ――ダリ ア様もご覧になりますか」 セーヴォトの言葉に、あたしは躊躇う事無く頷いた。 2007.9.28更新 |