Episode16-女王




「……結局、これで良かったのかもな」
 シーツに流れたダリアの髪を撫でながら、呟く様にそう言ったナゼルにセーヴ ォトは器用に片眉を上げる。枕元に腰掛け、うつ伏せに眠っているダリアを胸に 抱くその姿はいつにない程くつろいでいる様に思えた。
「……それは、貴方らしくない妥協ですね。いつかは独り占めするつもりだと思 っていましたが」
 言外に自分はそうだ、と言い切るあたり彼らしい。その事に苦笑しながら、お 前はそうだろうな、とナゼルは頷いた。
「まぁ、姫さんの事好きだけど、やっぱり女王の伴侶ってなると、知識も教養も 無い一般庶民の俺にはキッツイ話だよな」
「……そんなの、ある程度努力すりゃいつでも修められんだよ」
 ダリアを挟んで反対側で眠っていたと思っていたエリスが口を挟んだ。のそり と上半身を起こして、セーヴォトに抱かれたダリアを見下ろし柔らかな笑みを浮 かべる。
「まぁ本来なら敵に塩を送るのは不本意なのですが……あなたには人を惹きつけ る天賦の才能があります。それは努力しても手には入るものではありません」
 有り得ない相手からのフォローに、ナゼルは一瞬驚く。あるいはこの冷静な男 もどこか浮かれているのかもしれない。思わず弱音を漏らしてしまった自分の様 に。
「それにそう思っているのは、貴方だけでは無い様ですよ。ねぇエリス様 ?」
 ちらりと視線を向けられて、エリスは眉間に深い皺を刻んだ。
「……何だよ。そんな事まで知ってんのか」
「ええ、ついでにエリス様がお描きになられた絵が、国内問わず高額で売買され る事も存じてますよ」
「……それがどうした」
「政治は私とダリア様に任せて、エリス様は絵を描き続けて、国庫を潤せて下さ いませ」
「なっ……」
「アトリエは北の離宮がいいですかねぇ」
 ちなみに北の離宮は神殿が隣接しており、とても静かな場所だが、この寝室があ る王宮からはとても遠い。絶句したエリスを見下ろし、セーヴォトが浮かべ るのはいつもと同じ穏やかな微笑みだ。
「なんでお前にっ」
「ダリア様が起きますよ」
 噛み付いたエリスにセーヴォトはダリアの頭を撫で、口元に人差し指を当てる。 エリスはうっと呻いて結局不貞腐れる様に、枕に突っ伏した。
(そういう分かりやすい所がセーヴォトに気に入られんだけどな……)
 心の中だけでそう呟き、その様子を眺めていると、 セーヴォトがふと顔を上げてナゼルに視線を向けた。

「ナゼルも笑っている場合ではありませんよ。隣国のリストが武器を蓄えはじめ たという不穏な噂もあります。国境あたりに出向いて、ドラゴンでも狩って皮で も取って、ついでに様子を見て来て下さい」

 ついに自分にも矛先が向いたらしい。
 ちなみにドラゴンの皮は高値で売買されるが、ドラゴンと単身で戦うなんて 無謀所か死にに行く様なものだ。さらりと命懸けの命令を下されて、 ナゼルの頬が引きつる。

「……ほぅ、じゃお前はその間何するんだ?」
 顔を上げたエリスが、小鼻をひくひく動かしながら、低い声でセーヴォトに問 う。
「勿論……ダリア様のおそばについていますよ? だから二人共安心してお仕事 して下さい」
「行けるかっ!」
 ナゼルとエリスの声が綺麗にハモり、その声の大きさにダリアは小さく寝返り を打った。
 慌てて口を紡ぐ三人。
 すっかり疲労困憊したダリアが目覚めるのは、あと少し時間が必要だった。





* * *




 一日の政務を終え、お気に入りの長椅子にゆったりと体を沈ませた女王は、長 い息を吐いた。
「お疲れ様でした」
 その脇にはヨルダがいつもの様に佇んでいる。
「疲れてなどないわ。今日はとても気分がいいのよ」
 いつもよりやや砕けた口調で、女王はそう返事を返す。脇に用意されたワイン グラスを顎で指すと、ヨルダは心得ているとでも言うようにグラスに瓶を傾けた 。
「左様でございますか」
「稀代とまで謡われたドラゴンスレイヤーのナゼルの戦力とカリスマ性、セーヴ ォトの知識と国境関係なく着々と権力を広げていく魔導協会の力……」

「エリス様の後見リデル家の財力、ですか」
 勿体ぶる様に途切れさせた女王の言葉をヨルダが引き継ぐ。
「それに三人もいればどんな事態になっても一人位は残るでしょう? 私のよう に寂しい思いはさせたくないのよ」
 女王はワイングラスを傾けながら、窓の向こう、広がる地平線のまたずっと向 こうに視線をやった。強い瞳がほんの少しだけ伏せられ陰りのようなものが見え 隠れした。

「もともと三人を夫に迎えるつもりだったならば最初からそう仰れば宜しかった のでは」
「馬鹿ね。ダリアは少女趣味な所があるから納得するわけが無いでしょう」
「なるほど……だから今まで何も言わず三日以内に相手を決めろ、なんて無茶を 仰ったんですね」

 女王は壁に掛かった世界地図を眺め、ざらりとしたその 表面に触れた。
「――あの三人手には入ったのだから、世界はこの手の中に入ったも当然だわ」

 嫣然たる微笑みを浮かべ、女王はグラスの中のワインを飲み干した。












女王編 Happy end.














2008.3.7更新




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