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Episode19-カナ ![]() それから先は必死でよく覚えていない。 すぐにカナを呼び、お医者様を呼ぶ様に手配して、自分のベッドに寝かせた。 あまり動かしちゃいけないとか、冷静な判断が出来た訳じゃない。多分、少し でも目を離したら、またいなくなるんじゃないかって不安で怖かったからだ。 今までどこに行ってたの、とか、この傷どうしたの、とか思うよりも先に、失血 が多かったせいか色の無いナゼルの顔が怖くて、死 んでしまうんじゃないかって不安で、その晩は一睡も出来なかった。 生きてさえいてくれればいい……心からそう思った。 例え会えなくても、声が聞けなくても、裏切られたとしても。 それから丸一日経ってようやくナゼルの意識が戻った。 ゆっくりと瞼を押し上げるその様を、瞬きもせずあたしは見守っていた。 「……ここは……?」 躊躇いがちにそう呼びかけられ、握り締めていた手に力が籠もった。焦点がよ うやく合った感じのぼんやりした瞳。あたしと目が合うと、茶色い瞳が柔らかく 揺れた。 「ナゼル……っ」 目の前の彼の輪郭がほんやりと滲む。最後に会った時と変わらない優しい瞳。 言いたい事も聞きたい事も山ほどある。けれど今はただ。 「良かった……」 それだけしか言葉に出来なかった。生きていてくれて良かった。 「……ッ……」 涙を指で拭って、水差しを取ろうと椅子から立ち上がると、くらっと眩暈がし た。さーっと体中の血が下へと急激に落ちていく感じ。視界がだんだん暗くなっ て地面がくにゃりと揺れて、歪んだ。 「……ぁ……」 気持ち悪い、と思う間も無く、あたしの意識は闇に沈み込んだ。 「っ姫さん……っ!?」 最後に映ったのは、酷く焦ったナゼルの表情。とっさに伸ばされた手は、温かく 力強かった。 ![]() 妙にすっきりした気分で、目を開けると、そこはいつもと同じ天井だった。 朝……? 窓から差し込む明るい日差しを避ける様に、寝返りを打ちかけてはっとする。 ――ナゼル! 「お目覚めになられましたか」 慌てて飛び起きたあたしの視界に、カナが飛び込んできた。 「……カ、ナ……?」 寝起きで掠れた声で確かめる様に名前を呼ぶと、カナは素早く水を用意し、口 元まで運んでくれる。少しだけ冷えた水は、身体の中心に浸透して、ぼんやりし ていた頭をはっきりさせてくれた。 あたし、何して……。 意識を手繰り寄せて心の中で呟く。自分が今寝ている場所に気付き、あたしは目 を見開いた。 「……っナゼルは!?」 気付けば手に持っていた水を放り出し、カナに掴みかかっていた。 あたしが今、寝ているのは、自分の寝台だ。 そう、ナゼルがついさっきまで寝ていた場所なのに。 あたしの剣幕に少し驚いた顔をしたものの、カナは小さく苦笑し、肩に置いた 手を覆う様に優しく撫でた。 「ナゼル様は目を覚まされて、今は自室にて療養されております」 え……? さっき、目を覚ましたばかり、じゃ……? 混乱した頭の中でそう呟き、訳が分からない、と眉を潜めたあたしに、カナ は優しく言葉を続けた。 「ナゼル様が目を覚まされたのは二日前ですわ。その後、すぐにダリア様もお倒 れになって……随分眠っておりました。ナゼル様も、それはもう心配さ れておいででしたよ」 ――あたし、倒れちゃったんだ……。 ナゼルが目を覚まして、多分気が抜けちゃったんだろう。そう結論づけて、 あたしは再びカナを見上げた。 「ナゼルは大丈夫なのよね?」 「ええ。元々鍛えてらっしゃいますから。今はもうベッドから起き上がれる まで回復しております。目が覚めたらすぐに教えて欲しい、と言付かって おりますから、呼んできますね」 「そう……」 カナの言葉に心からほっとする。 本当に良かった。 あたしがそう呟くと同時に、軽くドアをノックする音が耳に飛び込 んできた。 「……? 誰でしょうか」 失礼します、と断り、首を傾げながらカナは扉に向かう。ドアの隙間から 見えたのは女官だ。カナは小さく頷き、くるりとあたしに向き直ると、 小さな笑みを浮かべて戻ってきた。 「本当にタイミングのいいこと。……既に待ちきれなかったみたいですね。ナゼ ル様がお見えになってるそうです」 「ナゼルが……」 目覚めたばかりですし寝台で、と渋るカナを説き伏せて、あたしは軽く身支度 を整えて応接間に向かった。 聞かなきゃいけない事はたくさんある。 ……けど、目覚めた時、あたしを見たナゼルの瞳はとても優しかった。 だから、ナゼルがあの事件の犯人なのだとは、とても――思えない。 こんな優しい瞳をする人が、私利私欲の為にあんな事件を起こすだろうか。 確かに、セーヴォトの言う通り、不審な点は山程ある。 けれど、今回の事で自分自身が確かめた事なんて何一つ無いのだ。ナゼルは再び あたしの元に戻って来てくれた。 それが多分、答え。 だから、信じて、きちんと向き合って話そうと思った。 2007.7.12更新 |