Episode19-ナゼル




   一瞬緊張が走って視線が扉に集まる。
「――入って来いよ」
 誰かいるの、と口を開きかけたあたしを遮り、 ナゼルが落ち着いた声で呼び掛けた。
 やがてゆっくりと扉が開かれ、 その隙間から現れたのは部屋に戻った筈のカナだった。
「どうして……」
 驚きに目を見開いてそう尋ねるとカナは静かに目を伏せ、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません」
「カナ、どうして……」
 戸惑いに声を上げてもカナは答えない。
「お前がそんな死にそうな顔してるから、心配だったんだろ」
 代わりに答えたのはエリスだった。肯定するようにカナの肩が動く。
「……カナ」
 掠れた声で呼び掛けると、小さな返事が返ってきた。 ようやく頭を上げたカナの眉間には深い皺が刻まれ思い詰めた瞳が不安そうに揺れていた。 一斉に注がれている視線に耐えかねたのか、 意を決したようにあたしを真っ直ぐに見つめ、一気に言い放った。
「お聞きしてはいけないお話なら耳を塞ぎます。 魔法を使って下さっても構いませんのでお側にいる事をお許し下さい。 そんな顔をしたダリア様のお側を離れるなんて出来ません」
 固い決意を滲ませたその言葉に、胸が熱くなる。
 カナ。
 何の説明もせずに、あんな風に部屋に追い返したりし たから、きっと心配してくれたんだろう。

 ――こんなに心配してくれる人に嘘はつきたくなかった。
 それにカナならきっと人に話したりなんかしない。 気遣わし気にあたしだけに注がれる視線に改めてそう思った。
 あたしは決心し、扉の前で立ち尽くすカナに向かって笑顔を作り出来るだけ優しく声をかけた。
「……心配掛けてごめん。……そばにいてくれる?」

「おい!」
 非難の声を上げたエリスをあたしよりも早くナゼルが制した。
「姫さんが決める事だ」
 静かながらも強い口調にエリスは黙り込む。 ナゼルに感謝しながら、あたしが手招きすると カナはほっとしたように幾らか表情を和ませた。

「……本当に申し訳ございません。 どうしても気になってしまって……」
 カナは躊躇いながらも、 あたしのすぐ側に控えてくれる。
「一体何があったんですか? ……セーヴォト様、の事ですよね?」
 女の勘とでも言うのだろうか、 さすがにカナは鋭かった。
 カナの質問にあたしはゆっくりと 息を吐く。すぐ側に感じるカナの存在が さっきよりも気持ちを楽にさせてくれた。
「……最初から説明するわね」
 多分エリスが説明したと思うけど、ナゼルへの説明も兼 ねてエリスと庭先であった下りから、 二人を追った時の事をゆっくりと語った。

 話が進むにしたがってカナの表 情は強張って、顔色が悪くなっていく。
 ……カナ、セーヴォトに心酔してたもんね。 きっと凄くショックなんだろう。
 話の途中で幾度となく口が動いた。 言葉になることは 無かったけど、きっと『信じられない 』とか『嘘に決まってる』とかそんな言葉だったと思う。

 きっとカナが誰よりあたしの 気持ちに近い感情を持ってる。
 それを気の毒に思いながらも、共感しあえ る事が少しだけ嬉しかった。出来るだけ私情を挟ま ずに客室での『あの事』は伏せて全てを語ると、 ナゼルは親指で目元の傷跡を撫でて、重い口を開いた。

「……セーヴォトが暗殺のプロって事は、 魔導師協会もグルだって思ったほうがいいよな」
 それは衝撃の一言だった。
「そんな……」
 カナも同じ気持ちだったのだろう。 絶句したように口元を覆いナゼルを見つめていた。
「協会や商業ギルドの裏家業なんて珍しくもない。 ……まぁ今回は規模が大きいけどな」
 わざとなんだろう。軽く言い放っ てナゼルは大袈裟に肩を竦める。
「……セーヴォトに対し て思う事はあるだろうけど、仕事なら私情は 全く関係ない…… ここで問題なのは、 誰が姫さんの暗殺を依頼したかって事だ」
 ナゼルの言葉は簡潔で分かりやすい。
 私情は全く関係ない、という言葉に心のどこかで ほっとする。セーヴォト自身があたし を疎んじて殺そうとした訳じゃ無いという事だから。
 ……そうか。セーヴォトが言っていた賭 け――十年前の真相って つまり、その黒幕を見つけなければならな いという事なのだろう。

 考えなくても分かる。
 あたしを殺してまで相手が欲しいもの と言えば、次期女王の座しか無い。

 ナゼルも同じ事を思ったのだろう。
「王位に一番近い親族といえば……」
 探るように呟かれたその言葉に一同の視線が集まる。
 訝しげな視線を注がれた張本人――つまりエリスは、 ぎょっとした様に顔を上げ、不機嫌な顔をますます歪めた。
「うちじゃないぞ。姉上達が女王なんぞなりたい訳ないし、 そんな器でも無いしな。それに、 うちは母上が強い。例え……父上が 何か企んでても計画する前に母上に潰されてる」
 父上、の前に少し迷うような間があったのは、あ たしとエリスの父であるリンヅ叔父様と の関係がうまくいって無いからだ。仲が悪いって言う よりは、あたしが一方的に嫌われてるって言う方が近い。何が 原因か知らないけど、 事あるごとにあたしに嫌味ばかり言ってくるのだ。

「……じゃあ他に、あたしが死んで得する人って……」
 今の所、王位継承権があるのは、後にも先にも自分だけだ。
 けれど筆頭貴族の中には王族が降嫁した家も多く、あたしが死ねば 女王候補になれるかもしれない娘を持つ家は多い。
 とりあえず思い当たる有力貴族を片っ端から挙げ、 探りを入れてみる事にした。
「俺の仕事だな」
 あたしの手から書き留めていたメモを取り上げ、 エリスはそう言って得意そうに鼻を鳴らす。
「エリス……」
 確かに貴族同士の腹の探り合いは、 立場的にエリスに任せるべきだろう。

 しばらく話し合いは続き、それぞれ出来る事 を調べる手筈が整った時には夜が明けていた。
 気の早い鳥のさえずりを聞きながら、 一息ついてカナが入れてくれた紅茶を啜りあたしはそれぞれの顔を見渡す。
 ……なし崩しのようにそのまま 巻き込んでしまったけど、本当ならナゼルもエリスも 無関係で、それぞれ一ヶ月もすればこの城から出 て行く身で本当ならとても忙しい筈なのに。
「……ナゼル。エリス……それからもカナも。……ごめんね」
 暖かい紅茶を飲みながらも少し疲れた顔をしてる一同を 見渡してあたしはゆっくりと頭を下げた。
「……ああ?」
 エリスは不機嫌そうに 眉を潜めて乱暴にカップをソーサーに戻す。かちゃ、っと派手な 音が鳴った。
「あほか。あんな場面見せられて放っとける訳ないだろ」
 怒鳴るように吐き捨てたエリスを、まぁまぁと諌めて ナゼルは紅茶を手にしたまま行儀悪く立ち上がった。
「こんな事態になったの、俺の責任だしな」
 言葉の意味が理解できなくてあたしが聞き返すと、 ナゼルは目元の傷を一撫でして、あたしに身体ごと向き直った。
「いつか分かる事だったとしても、状況的には最悪なバレ方 させちまった……すまんな、姫さん」
 声音を落とし、頭を下げられてあたしは驚いた。
「ナゼルが謝る事なんてない……っ」
「そうだ。諸悪の根源は極悪性悪鬼畜男だろ」
 真面目なエリスの言葉にナゼルは表情を崩し苦笑する。
 幾分雰囲気が和らいだ所で、カナはお代わりを用意する手を 止めずに首を傾げた。

「どうして……セーヴォト様は、失敗してからも城の中に 留まり続けたのでしょうか」
 カナの疑問に難しい顔をしたエリスが首を傾げて低く唸る。
「だよな。普通失敗なんてしたら城にはいられないよそれか次の 機会を伺ってるとか……組織から制裁とか言って消されたり、 代わりの刺客がやってくるもんなんだよな」

 ……そうか、失敗したらセーヴォトだって無事じゃすま なかったんだ。雇い主が何も言わない訳無いし。 何か別の目的があった、とか?  それにしたって十年なんて気の長すぎる話だ。 暗殺者なんて呼ばれる人がそん な気の長い話を受けるだろうか。

「……俺にはもっと単純に思えるけどな」
 窓枠に腰掛けていたナゼルが呟く様に そう言った。
「ナゼル?」
「いや、……なんでもない」
 言葉の意味が分からなくて眉を潜めると、 ナゼルは軽く首を振りすっかり冷めた紅茶を一気に煽った。





2008.2.1更新




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