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Episode22-ナゼル ![]() 長い口付けをしている間に、腰を支えていた大きな手が背中を優しく撫で始める。 子供を優しく諭すに時に撫でるような動きとは、明らかに違うそれに、あたしは少し驚いて閉じていた目を見開いた。 少し潤んだ、優しいナゼルの瞳をぶつかり、気恥ずかしくなって目を逸らすと、ゆっくりと身体が離された。 お互いの身体の間に流れる少しの沈黙。 それを最初に破ったのは、ナゼルの困ったような呟きだった。 「……あのさ」 そう言ったきり言葉を発しないナゼルに、あたしは再び顔を見上げる。 「……姫さん、この状況でその表情はヤメロ。襲うぞ?」 「……? 何言ってるの?」 あたしが首を傾げるとナゼルは、ああ〜もう、と口の中でもごもご何か悪態をつく。 そして意を決したように、きっとあたしを見据えるととんでも無い事を口にした。 「婚前交渉は有りか無しか、姫さんはどう思う?」 一瞬何を言われているのか理解出来なかった。至極真面目な表情であたしを見下ろすナゼル。その両手は、いつのまにかあたしの肩に乗っている。 ……こ、こんぜん、……婚前交渉ってアレよね。 その、結婚する前に男女の仲になるとか、寝所を共にするとか……。 「……っええええ?!」 あたしは奇妙な叫びを口にして、思いっきりに後ろに後ずさる。 あ、今ナゼル思いっきり傷ついた顔した……様な気がするけど、ごめん、ちょっと今、それどころじゃなく、あたしパニック状態なんだけど……っ! 「やっぱり駄目かぁ……」 はは、とナゼルは乾いた笑いを浮かべて、ぽつりと呟く。 いや、もうそんな寂しそうな表情しないで欲しい、んだけど。 だって数分前まで、すっごい真面目で大事な話、してたのよ? 一体全体、どんな流れでそういう事に思い至るのか、本気で分からないんだけど……っ! 「い、嫌ってわけじゃなくて……ね? ほら、けじめというか、それ以前に 二人とも病み上がりだし、色々心の準備が欲しいというか……ッ」 何か返さなくてはと必死に言い募るあたしに、ナゼルはさっきまでの悲しそうな表情を一瞬で消し、にかっと少年の様に笑った。 ――はい? 「泣き落としも効かねぇか。まっ、俺も本来気は長い方なんだが、……姫さんの場合、ちょっと気緩めると横から掻っ攫われそうで怖いんだよ。鬼の居ぬ間にってのはまさにこの事だよな」 今度はにっこりと彼らしくない爽やか笑顔浮かべて、ナゼルは一歩、また一歩とあたしに近づいてくる。 「皆には内緒って事で?」 嬉しそうにそう言ったナゼルは、あたしの腕を掴むと、そのまま膝の裏に手を差し入れ、軽々とあたしの身体を持ち上げた。 「……ッ!?」 「さぁて寝室はこっちか?」 あたしを抱っこしながらナゼルは、躊躇する事なく、寝室に向った。 ![]() 下ろされたのは、さっきまで横になってた自分のベッド。間の悪い事に、シーツは既にカナによって取り替えられ、綺麗に整えられていた。即ち、当分の間誰もこの部屋に来る事は無い訳で。 ――何で肝心な時にいないのよっ! 八つ当たりめいた言葉を、心の中で怒鳴り散らし、あたしはどうしたものか考える。 ナゼルが今何を求めているのか、分からない程子供では無い。 したくないと言う訳では無く、ただ、今すぐ、と言われると、覚悟と言うか、心の準備が……ねぇ? それをどう説明しようかと悩んでいる間にも、ナゼルは慣れた仕草でドレスの背中の紐を解いている。 その間も、口の中を貪る様な激しい口付けは続いていて。 ……っぁ、も、何も考えられないんだけど……ッ! これが経験値の差というものだろうか。すでに完敗。白旗揚げて全面降伏するから、ほんとに、少し、待って……っ! 強烈な刺激と熱に、くらくらして、もっていかれそうな意識を必死で理性で押し止めたあたしは、ナゼルの胸を思い切り叩いた。 「ちょ、ちょっと……ナッ……ゼルっ!」 「何だ」 返事を返してくれたの事に、ほっとして思わず力を抜いてしまったあたし。それを見逃さず、ナゼルは物凄い早業でドレスを引き下ろした。 あたしの馬鹿〜ッ!! 「やっ……っ!」 確実に拘束が緩まった感触。下着一つ残し、剥き出しになった肩に悲鳴を上げる。 「っ! 待ってって……ばぁ……ッ」 露わになった肌を、ゴツゴツした指や熱い唇が這い回る。首筋をぬるりとした舌が這い、 きつく吸い上げられると、ぞわりと肌が粟立ってびくんっと体が震えた。 うわ、なんか背中がゾクって……ッ!? 全く知らない未知の感覚に、恐怖さえ湧き上がってくる。 パニック寸前のあたしに、ナゼルがくっと喉の奥で笑った様な気配がした。 ゆっくりと、薄い下着に包まれた、上下する二つの膨らみから顔を上げる。 その顔はとても面白そうで。 一瞬で、からかわれているのだと、分った。 「……〜ッナゼルッ!! からかうにも程があるんじゃないっ!?」 噛み付く様にそう叫んだあたしに、ナゼルは優しく微笑んで伸び上がった。 乱れた髪の毛を整える様に、前髪を指先で梳る。 大きな手の平にゴツゴツとした指先は、意外な程優しかった。 気持ちいい、とか思ってしまうのは、この手に慣れてしまっているからなのだろうか。 「からかってなんかない」 体を横にずらし、すぐ隣にぴったりと寄り添う。あたしから目を逸らさず、ナゼルは少しだけ真面目な表情を作った。 「錆びた剣持って、ドラゴンに追い掛けられて逃げ回ってた時、さすがに死ぬんじゃねぇかな〜って思ったんだ 。そん時にな、あの時、姫さん抱いとけば良かったって心の底から後悔した」 「……あの時?」 ナゼルの言葉に、あたしは少し考えて首を傾げる。申し訳ない事に思い当たる事は無い。 「姫さんがエリスの事で落ち込んでた時、キスしたろ。本音では、他の男の事で泣くなって、無性に悔しくて……姫さんは俺のものって 体に直接教え込んでやりたかったんだ」 ……ちょっと最後の言葉は頂けない気がするけど、それって……あれよね。世間で言う所の……。 「嫌だよなぁ、男の嫉妬って」 口に出していいものか分からず黙り込んだままでいると、ナゼルは低く笑ってまるで他人事の様に、そうぼやいた。 「この俺がこんなガキっぽい感情持て余す日が来るなんざ、夢にも思わなかったよ」 それでもナゼルの表情は、どこか楽しそうで。 嬉しい、とか思ってしまうのは、いけない事だろうか。だってそれナゼルがあたしの事、 凄く好きって言ってるみたいに聞こえるから。 「まっ、でもいい導火線にはなったよ。絶対、生きて戻って姫さん抱いてやるって思った。あんだけ 離れなかったセルジュの顔も吹っ飛んで、姫さんの事で頭がいっぱいだった。……おかげで、よ うやく吹っ切れた」 弟の名前を口にしているのに、ナゼルの表情は、さっきまでの苦しそうなものじゃない。 良かった、と心から思った。ナゼルは今も弟への罪悪感で苦しんでいるんじゃないか、って思ってたから。 「なぁ、姫さん、抱かせろよ?」 低く掠れた甘い声。 ストレートな告白に、体が熱くなる。 顔が火照るのが、自分でも分かった。 ナゼルの左手があたしの右腕をゆっくりと握り締める。また覆い被さる体勢だったけど―― 不思議と、さっきまでの恐怖感が無くなっていた。 2007.7.27更新 |