Episode23-セーヴォト





 エリスはそれ以上何も言わず、あたしの手を引いて城の裏門に向かった。門の 前には人通りはおろか、不思議な事に見張りの兵士もおらず馬をひいた誰かがぽ つりと立っていた。
「ナゼル……?」
 目を凝らしてそう呟く。そういえば、どこかに行く、って言って城から出てい ってからしばらく姿見なかったっけ……。
 ナゼルはとっくの昔に気付いていたのだろう 、ひらひらと軽く手を振り駆け寄っ たあたしとエリスの顔を交互に見下ろし、 にやっと彼らしい笑みを浮かべた。
「姫さん。決まったみたいだな」
 何を、なんて聞き返さなくても分かった。
「ナゼル……」
 同時にナゼルが今まで何をしてたのか、分かる。
「……セーヴォト探してくれたんだ」
 このタイミングでここにいるって事は、きっとそうなのだろう。
 ナゼルは何も言わなかったけど、目元の 傷を親指で撫で、くしゃりと頭を撫で てくれた。
「ほら姫さん、これ羽織ってけ」
 ふわりと肩に掛けられたのは旅人風のマント 。隣に立つエリスにも似たような ものが渡され、無言のまま頭からすっぽりと被る。

「エリス、……頼んでもいいのか」
 一足先に馬に乗り込んでいたエリスを見上げ、 ナゼルは少し躊躇うように問い 掛けた。後ろにいるからその表情は分からないけ ど、微かに頷くのが揺れた肩で 分かった。
「そうか」
 ナゼルは短く呟くと馬の手綱をエリスに手渡し、 あたしの脇の下に手を入れ馬上に乗せた。今日はドレスだから否 応無しに横向に腰掛ける形になる。 慌ててエリスの腰に捕まってナゼルを見下ろすと、 その手が一度強く握り締められ、離される。 ゴツゴツしたその手は大きくて温 かくナゼルそのものだと思った。
「首に縄付けても、連れて返って来いよ?」
 冗談めかした言葉に、あたしは真面目に頷いた。
 うん、絶対一緒に帰ってくるから。
「行くぞ」
 エリスは馬のお腹を蹴る。嘶きを一つ響かせてあたし達を乗せた馬は門を潜り 抜けた。


* * *


 連れていかれたのは街中にある一軒の屋敷だった。お酒を出す店なのか人通り も多くエリスはフードを深く被り直し、正面玄関を素通りし裏口に回った。
「ここは?」
「セーヴォトの隠れ家ってとこじゃねぇか」
 エリスは小声でそう言ってキョロキョロ見渡す。誰か探しているのかと思った その時、裏にある木の扉が音を立てず開いた。現れたのはあの時セーヴォトを呼 びにきた男だ。今日は文官姿では無く、薄暗い路地に溶け込む様な黒いフードを 被っていた。
「セーヴォト様がお待ちです」
 その言葉に心臓が跳ね上がる。
 セーヴォト、本当にここにいるんだ。
 聞きたい事がたくさんあるのに、久しぶりに会える事が嬉しかった。
「っち。……俺はここまでみたいだな」
 エリスは男を睨み付けそう吐き捨てると、 くるりと体を返しあたしの顔を覗き込んできた。
「ダリア。明日の昼まではなんとか 誤魔化しといてやるから。……頑張れよ」
 それだけ言って立ち去ろうとしたエ リスの背中に向かってありがとう、と何度も言葉にする。
「礼ならナゼルに言え。調べてきたのはアイツだからな」
 後ろも振り返る事もせずひらひらと手 を振るエリスの背中を見送っていると、 控え目ながら強い声があたしに掛けられた。
「ご案内させて頂きます」
 男の後を置い、店の中に入った。

「お連れ致しました」
 通されたのは狭い客室。窓に寄り添うように立っていたセーヴォトの目が、あ たしを捉えて一瞬細く眇められた。

 狭い路地を潜り抜けたせいか窓の向こうには既に闇が広がっている。薄暗い部屋 に銀髪が発光して浮かび上がりとても綺麗だった。その不思議な色を見るのも随分久しぶ りだ。
 ――会えた。
 胸がきゅうっと締め付けられる。 出来るならセーヴォトの胸に飛び込んでその まま抱き締めて貰いたい。けれど。
「……貴女から来て下さるとは思いませんでしたよ」
 男が立ち去り、窓の外の喧騒だけが部屋に響く。
 心を落ち着かせる為にあたしは小さく深呼吸し言い放った。
「賭はあたしの勝ち、よね」
 あたしの言葉にセーヴォトは眉尻を少し下げ静かに頷く。
「……残念でしたよ。カリウス家が内乱を起こすと同時に貴女には刺客が送られる 手筈でした。そこで死んで頂くつもりでした。――そうして貴女を手に入れる つもりだったのに」
 死んでもらう――物騒な言葉に体が金縛りにあったみたいに動かなくなる。けれ どその後に続いた言葉の意味が知りたくて、あたしは セーヴォトから目を逸らさなかった。
「……意味が分からないわ」
「負けた賭の代償に、貴女を頂くつもりでした。あなたの代わりの死体も用意し ていましたし手筈も整えていました。あなたが愚かだったら一生どこかに閉じ込 めるつもりでしたよ」
 ――どうして、そこまで……。
 声にならなかった問いを察してセーヴォトが、ゆっくりとあたしに近づく。
 ぎしりと床が軋む、その音がやけに耳に残る。
「貴女を愛してるからです。自分の物だけにしたいと思うのは当たり前でしょう。 誰にも、……国にも貴女を奪われたくないですから」
 独占欲、と言っていいものか、激しいその感情にあたしはセーヴォトの 本質を見た気がした。ううん多分……何となく気付いてはいた。しかしそれすらも嬉しいと 思ってしまうのは恋の愚かさゆえか。
 無言を貫くあたしにセーヴォトの表情が微かに歪む。
 ……その答えにあたしは満足している事に気付いて はいないだろう。

「さぁ願いは?」
 きた、と思った。
 穏やかに微笑んだその表情は、どこか寂し気だ。そしてあたしは静かに願いを 口にした。

「――私と結婚して」

 一瞬、虚をつかれたようにセーヴォトの新緑色の瞳が丸くなった。しかしすぐ に眉間に深い皺が刻まれ、真意を探るように鋭い眼光が注がれる。
「……本気、ですか」
 セーヴォトの言葉にあたしは、ええ、と頷いた。
「魔導師協会の事は耳に入っているでしょう。後ろ盾どころか、ルノッケシアに 対して不利に働きます」
「そんなもの、セーヴォトには不要でしょう」
 もし老議会に認められたとしても、 王侶になる絶対条件として 魔導師協会との繋 がりを絶つ事を誓わせるだろう。
 けれど思えばルノッケシアでセーヴォトが残した実績は 魔導師協会の後ろ盾があるからと認められたものじゃなく、 セーヴォト自身の力で残したのだ。
 それだけの才能と能力があれば、セーヴォトの身一つで十分だと思う。  ……これはあたしが考えた対老議会の説得材料の一つでもあるんだけど。

「寝首をかかれても?」
 そうきたか、と考えてあたしは何だか笑い出したくなった。
 セーヴォトがあたしを暗殺しようとしたのは私情ではなく仕事だと、今なら割り切れる。

「やりたければどうぞ? 今までチャンスは たくさんあったでしょう? 出来な いくせに」
「なぜ?」

 ……自分で言ったくせに。
 そう心の中で呟いて、あたしは傲慢と も言える強さで言い放った。

「私の事愛してるから」

 セーヴォトは暫くあたしを見つめたまま、何も言わなかった。
 その顔に表情らしいものは浮かんでいない。
 ……間違ってはいない。はず、だけど 、二人の間に流れる沈黙があたしから自信を奪っていく。 冷たい汗が背中に流れて、そんなあたし を知ってか知らずかたっぷり数分経過してから セーヴォトはゆっくりと微笑んだ。
「分かって頂けて光栄です」
 その笑顔はあの時と同じ蕩ける様な甘い微笑みで、心が満たされて 安堵感に鼻の奥が痛んだ。

 それからね。
 ゆっくりと一歩ずつ歩み寄り、 セーヴォトに近付く。ぎしっと床が 軋む音が妙に 耳をつく。手を伸ばせば届く距離。セ ーヴォトを見上げて一言。それは一番言いたかっ た事。
「私も愛してるわ」

「……殺そうとした人間なのに?」
「それはセーヴォトの意思では無いでし ょう? 次期宰相になってもおかしくな いその才能、国の為に、……それ からあたしの為に捧げてちょうだい」
 傲慢で我が儘な言葉だと思う。
 けれどセーヴォトなら、受け入れてくれる思った。

「殺し文句ですね」
 くっと喉の奥で笑うセーヴォトは、 心の底から楽しそうだ。きっとこんな表情あ たししか知らないはず。
「参りました。私の全てで貴女―― そしてこの国を支えましょう」
 グイッと腕を掴まれ、胸の中に抱き込まれる。 肩の上にセーヴォトの長い髪がさ らさらと揺れて、あたしはそのまま目を瞑った。
 落ちてきたのはサラサラの長い髪と優しい口付け。
 角度を変えて口付けされ、だんだんそれが深くなっていく。
「っ……?」
 割り込んできた舌にびっくりして体を離し セーヴォトを見上げると、非難すらも忘れそうな 綺麗な微笑みを浮かべたセーヴォトが掠れた甘い声で囁いた。
「ここまで来てそのまま帰れると?」





2008.2.9更新




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