Episode24-セーヴォト




 ナゼルが無事に王城に戻り、数週間経ったある日の事、セーヴォトは、女王に呼び出され、執務室でチェスの相手をしていた。
 女王の隣には、いつもの様に宰相ヨルダが寄り添っている。
 やや劣勢の位置にいるセーヴォトは、連日深夜まで引継ぎの為の 作業に追われ多忙を極めているが、疲労の色は無くいつもと同じ温和 な笑みをその顔に浮かべ、駒を動かしていた。
 しかし時々、妙に気を逸らせては、ある方向――ダリアの居室 に視線を向ける。
 彼女が今、誰とどうしているのか、という事は、既に彼の 手駒の一つである女官から聞いている。
 婚約発表も兼ねた誕生式典も滞りなく済み、内外共に公の仲になった二人は、 ナゼルが行方不明になった一件で流れた不穏な噂も消し去ってしまう程、 仲睦まじい様子を見せていた。


『頼みたい事があるんだが……『お前』なら何とか出来るんだろう?』
 夕べ部屋に訪ねて来た、その片割れの表情を思い出し、セーヴォトは眼鏡の奥の瞳を少し細める。
 きっと今頃、次期女王は、跡形も無く消えた額の傷跡に驚いて――そして喜んでいるだろうか。

『ついでに、その傷跡も消してあげましょうか』
 今や彼のトレードマークである目元の傷を指差し、揶揄する気持ちで言った言葉に、ナゼルは穏やかに笑って答えた。

『そうだな。じゃあ頼む』
 その屈託の無い素直さに、セーヴォトは驚いた。
 完全に過去を吹っ切れたのだろう男の表情はどこまでも優しく、 晴れやかでセーヴォトには眩しかった。

 結局、自分はこの男には、敵わないのだろう。
 まだ諦め切れず、燻っていた感情にそう言い聞かせて、セーヴォトは蓋を締める。
 ようやく、この城を発つ決心を固めた。


「――世の中、思い通りにいかないものねぇ?」
 綺麗に手入れされた爪先で、トントンと卓を叩きながら、女王は呟き、口元に薄い笑みを浮かべた。セーヴ ォトは含みのある視線に、にこやかな笑みを浮かべ 返事をする。

「それは陛下も同じでしょう?」
 セーヴォトの言葉に、綺麗に整えられた女王の眉がぴくりと跳ねた。
「何の事かしら? 私は娘が幸せになれればそれでいいのよ?」
 白々しく芝居がかった口調で、そう言うと、開いた窓から入ってくる朝日に、ふと視線を向けた。

「……それにしても、お前にしては甘かったわね」
「ええ、惚れた弱みというものでしょうかね」
「過去のつまらない感傷に、しがみついてる男は、女王の伴侶としては、失格ですからね」
 ほんの少しだけ、険を滲ませて、女王は毒々しい程赤い口元を扇で隠す。
「私はまんまと利用された訳ですか」
「人聞きの悪い事。私が手を下す前にわざと動いたのでしょうに。私はあなた程甘くは無いわ」
 女王の言葉にセーヴォトは肯定も否定もせず、いつものように曖昧な笑みを浮かべている。

 本当に食えない男だこと。
 女王は心の中でそう呟き、忌々しげに唇を噛む。

「――ナゼルには借りもありますし。ああいう真っ直ぐな男は嫌いでは無いのですよ」
 セーヴォトは、少し憂いのある横顔で、そう呟き、そしてにっこりと笑って最後の駒を置いた。

「チェックメイト」
 女王の麗しい顔が、盛大に歪んだ。

 二人のやりとりを、傍らで見ていたヨルダ宰相は、二人に気 付かれない様に小さな溜息をつき、早くこの殺伐とした空気 から逃れたいと心の底から思った。



 









ナゼル編Happy end.






2007.8.10更新




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