Episode25-セーヴォト




 優しく髪を撫でる感触。
 目を開けなくても誰か分かる。体調が悪い時は誰よりも早く気付いてくれてベ ッドに押し込まれ、眠りにつくまで同じ様に頭を撫でてくれていた。優しいその 手の主はずっとそばにいて見守ってくれた。

 そしてきっとこれからも。

 温かさが気持ち良くって自然にそれにすり寄ると、上の方で小さく笑う気配が した。楽しそうなその声に嬉しくなってゆっくりと瞼を開ける。
「セー、……ト……?」
 嗄れた声に思わず顔をしかめる。すぐ隣で肘をついてあたしを見下ろしていた らしいセーヴォトは、両手をあたしの背中に回しあたしをぎゅっと抱き締めてく れた。
 そして子供にするみたいにあたしの背中を優しく撫でながら、優しく問い掛ける。 その声もまだ掠れて甘い。
「体は辛くありませんか?」
「あ……うん」
 腰に残る鈍痛と違和感は確かにある。けど、それもセーヴォトと一つになれた 証拠みたいで嬉しい……なんて言ったらいい加減呆れられるだろうか。

 あたしの言葉にまた優しく微笑んで、セーヴォトは窓の外に視線を流した。も う日はすっかり昇って街の喧騒が耳に入ってくる。
「城に戻らねばなりませんね」
「うん……」
 昨日別れ際に約束したのは昼までだ。それ以上だとさすがにエリスだって 誤魔化しきれないだろう。
 分かってはいるけれど離れがたくて、セーヴォトの胸にすり寄ると、慰める ように頭を優しく撫でられた。同じ気持ちだ、って言って 貰えてるみたいで嬉しくなってちらりとセーヴォトの顔を見る。
 そこにはあたしが一番好きな笑顔があった。

 嬉しい。

「少し忙しくなりますね」
「……そうね」
 ぎゅうって抱きついてゆっくりと頷く。
 城に戻ったらまず婚約を解消するつもりは無いって事をはっきり宣言しなきゃ ならない。女王は……我が親ながら掴み所の無い人だし、正直賛成するか反対さ れるかどっちか分からない。そうするとやっぱり老議会から説得して……なんて 考えているとセーヴォトは穏やかな笑みを浮かべて、シワが寄っていたのだろう 。こめかみをツンと突っついてきた。 そしてゆっくりと体を起こし、解けた長い髪をかき上げた。……それが妙に 色っぽくてどきどきする。
「大丈夫です。貴女が憂う事なんて何一つありませんから」
 何か含んだようなその言葉にあたしは首を傾げる。セーヴォトの事だから何か 良い考えがあるのだろうか。 ちらりと見上げた顔は何か企んでるのが分かる顔だ。……こういう時もそんなに簡単 には教えてくれない。

 ……まぁ、仕方ない。それは後で考えるとして、他にも聞いておかなきゃいけ ない事がある。
「セーヴォトは……お兄さんに着いて行かなくてもいいの?」
 それは気になっていた事の一つ。セーヴォトはあたしのそばにいるって言って くれたけど、曲がりなりにも生まれ育った生家なんだし、お兄さんにも……それ から家族にだってあたしとの婚姻を反対されるだろう。
「大丈夫ですよ? お話していませんでしたが兄と言っても魔導師協会の会長と私 は血が繋がっていませんから、 それ程仲も良くありませんし。……そもそもあの人が私の やる事に反対なんて出来ません」

 ――血が繋がってない?
「まぁ公にはしていませんが、 協会では公然の秘密です。 女王もご存知ですしね」
 付け足された言葉に女王の あの取り澄ました顔が浮かんだ。…… ほんっとにあの人はいつも肝心な事をいつも言わないんだから!

「……でも、血は繋がっていないとしてもお兄さんはラフィークについたんだし、… …もし対立して戦争なんて起こったら辛くない?」
 立場的にも気持ち的にも。
 言葉にすると何だか改めて申し訳なくなってくる。セーヴォトはあたしを優し く見つめてから、くすりと笑って首を振った。
「いいえ? 親愛の情なんて最初から有りませんし。そもそも魔導師協会は脅威 になんてなりませんよ。使えそうな魔導師は全員引き抜いてきましたからね。残って るのは権力に酔ってる愚かな男と、引退間際の老人くらいですかね」

 ……権力に酔ってる愚かな男って……口調から 察するに、会長の事よね。血は繋がって いないとはいえ、随分ドライな家族関係だ。 きっとうちよりも複雑な事情があるのだろう。
 気にはなるけど深く追求するのは憚れた。……いや 、正直に言えばそれよりもあたしはセーヴォトが漏らしたある言葉の方が気になった。  ……えと、今使えそうな魔導師を引き抜いてきたって言ったわよね?

「……」
 もしかして。
 ある一つの可能性を思い付き、あたしはおそるおそるセーヴォトを見上げた。
「ごめん、多分うちでは雇えない」
 本当は『多分』じゃばくて『絶対』だけど。……こんな時にまで見栄を 張ってしまう自分が嫌だ。
 情けない話、うちの経済状況ではとても賄えない。そも そも魔導師協会に籍が置ける魔導師は優秀で、所属している 魔導師を複数雇おうと思ったら一年も経たない内に国家予算を使い切ってしまう。そんな人達 を数人……もしくは数十人なんて養える訳が無い。
 あたしが真面目にそう返すとセーヴォトは吹き出した。くっくっと肩を震わせ ている所を見ると、どうやらツボに入ってしまったらしい。暫くしてからしきり 直すようにこほんと咳払いしでセーヴォトは首を振った。
「大丈夫です。働き先は用意してますから」
「働き先って……」
 セーヴォトの言葉から察するに、その人物達を まとめているのはセーヴォトなのだろう 。……ルノッケシアじゃなければ一体どこだと言うのだろう。 不安になってセーヴォトに視線を向けると、 セーヴォトは策士めいた薄い笑みを浮かべ、そのまま 遠くを見るように視線を上げた。
「大丈夫ですダリア様。……全ては貴女の思うままに。私にお任せ下さいませ」
 瞼を閉じるように手を翳され口付けられる。
「さぁ、まだ早いですから、もう少しお眠り下さい」
 その心地良い優しい声と一定のリズムで優しく背中を摩られ、あたしは何となく 釈然としないまま眠りに落ちてしまった。



* * *






 城に戻ってすぐにセーヴォトは 老義会の査問会に呼び出されその足で向かった。
 そして発言が許されると、魔道師協会会長に血縁は無い事を皮切りに、 信じられないことを告白した……らしい。同伴を許されなかったあたしは、それを後で聞いたのだけれど。

 まず、セーヴォトが海を越えた東の大陸とも交遊のある唯一の貿易商だという事。 申し出た前代未聞の輿入れ金は国家予算の十倍で、老議会の面々の 目を丸くさせた。
 そして、セーヴォトは物怖じする事無く、 ルノッケシアに魔法学校の設立を提案した。費用は全てセーヴォト負担で、講師は 例の引き抜いてきた魔導師達。きっと大陸中から魔導師志望の人間 が集まってくるだろう。老若男女を問わないので 集まる人間の数を考えればルノッケシアの利益は 多く、同時に他国へのいい牽制にもなる。
 セーヴォトの意見に老議会は全員一致で賛成し、概ね好意的に セーヴォトとの婚約は引き続き続行される事になった。






* * *







 ――そして数ヵ月後。

 ダリアの誕生式典が滞りなく行われ、それから異例の早さで 結婚式が執り行われた。
 セーヴォトは王族だけに許された百合の紋章を胸に抱き、バルコニーから 今日正式に妻になるダリアの姿を見下ろしていた。
 穏やかな微笑みは、後ろに近付いた影に顰めてたちまち消える。

 最初から気配を消すなんて無駄な事はしない、この国の現女王は、衣擦れの 音すらも美しく、セーヴォトの隣に立った。

 セーヴォトを視界に入れず、ただ真っ直ぐに街の向こうの山間を見つめ 女王は緩慢な動作で扇を仰ぐ。

「……思惑は外れましたね」
 にこりと微笑んだセーヴォトに、女王は視線を合わせようともすぜ不機嫌に鼻を鳴らした。

  「大丈夫ですよ。私一人でも何とかしようとすれば出来ますから。……まぁ、 ダリア様がそれを望めば、ですがね」
 再び窓の下に視線を戻し、セーヴォトはそう呟く。

「……そもそも、お前を候補の一人にしたのが私の間違いだったわ」

 扇の上からちらりとセーヴォトを睨み、女王は苦く吐き捨てた――。










セーヴォト編 Happy end.














2008.2.15更新




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