Episode3-エリス


「俺が何だって?」
 不機嫌な低い声が背中に刺さった。

 ――うーわー……何で、このタイミングで出てくるかな……。
 おそるおそる振り返った廊下の先にいたのは、従者を一人伴ったエリスだった。関係としてはあたしの従兄弟なんだけど、今は勉強の為に王城に住んでいる。貴族の中でも群を抜く美しさを誇るリダル家の母の容貌をそのまま受け継いだエリスは男にしておくのが惜しい位の金髪の美少女……いや美形だ。
 ただ、個性的な双子の姉達に小さい頃からかまわれすぎたせいか、恐ろしく口が悪い。ついでにエリスに『可愛い』とか『綺麗』とかは禁句だ。凄い勢いで罵られてシメられてそりゃもうヒドイ事になった従者を一人知っている。

 いっそ逃げ出したくなったあたしは、嫌々ながらも一応挨拶の言葉を口にする。気付けばセーヴォトはその場に膝をつき頭を垂れていた。
 そう、世話役として一目置かれてはいるけれど、セーヴォトの地位はあくまであたしの教育係でそれ程高くない。けどこんな奴にそこまでする必要ないんじゃない、って立たせてあげたい衝動に駆られた。
「俺の悪口言ってる暇あるなら、とっととダンスの練習しろよな。毎回毎回お前に足踏まれちゃたまんねえよ」
 また始まった。エリスの嫌味が。なんで、いっつも喧嘩腰なんだろう。昔はこう、もっと普通に話せてたどころか、年も同じだし、凄く仲良かったのに。
「……悪いと思ってるわよ」
 ムッとしながらも、正直その通りなので、あたしは謝罪の言葉を口にする。さっきストレス発散してきて良かった。まだ何とか冷静に対処出来る。
 ふん、と鼻を鳴らしてエリスはあたしをじろりと不機嫌そうに睨んだ。身長は同じ位だから、そんな威圧感は無いんだけど、ほら下手に綺麗な顔してるから、怒るとすごい冷たい感じになるのよね。


「……エリスウォード様がわざわざここまでお越し下さるのも珍しいですね。何かご用件がおありでしょうか」
 しばらく続いた気まずい沈黙を破るように、セーヴォトが控え目に話題を変えた。
 けれど、エリスはなぜか面白く無さそうにますます渋い表情を作り、あたしからセーヴォトに視線を流した。
「……お前じゃない。ダリア、女王がお呼びだ。すぐに来る様にとの事だ」
 吐き捨てる様な高飛車な言い方にイライラする。何を偉そうに。セーヴォトはあんたよりも年上で次期宰相候補とまで言われてるんだから、ちょっと位敬ったらどうなの。
 けど、流石にセーヴォトは大人だった。きつい視線に気分を害した様子も無く、穏やかな笑顔を浮かべたままやんわりと言葉を続けた。
「左様でございますか。お手数をお掛け致しました。しかし、わざわざエリスウォード様が直々にいらっしゃらなくとも、使いのものを出して下されば……」
「うるさいっ、ともかく伝えたからな!」
 セーヴォトの言葉を遮りエリスはそう怒鳴って踵を返した。はらはらと見守っていた従者が慌てて「失礼致します」と挨拶して後を追う。我侭な主人を持つと従者は不幸よね。ああはならない様にあたしは気を付けよう。


「なに、あれ、感じ悪い……」
 すっかり姿が見えなくなってから、あたしは毒吐く。
「色々あるのではないでしょうか」
 あれだけ当たり散らされたにも関わらずセーヴォットは飄々とした……むしろ楽しげな表情でエリスが消えた廊下の先を見つめていた。
「青いですねぇ……」
「……何が?」
 あたしの問いにセーヴォトは曖昧に笑っただけだった。


2007.4.20更新




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