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Episode7-エリス 考え事をしながら少し遅めの昼食を機械的に食べて、あたしはダンスの練習場に向かっていた。 いつもは嫌々だけど今日は足取りも軽い。 ![]() ノックしてドアを開けると、そこには既にエリスがいた。いつもと同じ不機嫌な顔に心の底からほっとする。 ――うん、エリスだけはあたしの事『好き』だなんて有り得ないハズ。 昨日と今日と驚きの連続で、セーヴォトとナゼルに想いを告げられて、嬉しくないと言えば嘘になる……けど、 正直に言うと、それ以上に困惑している所が大きい。 何で、今まで気付かなかったんだろうとか、そもそもあたしのどこが気に入ったんだろうとか、本当に――色々、 考えてしまう。ふとした拍子にセーヴォトの冷たい指先や、一瞬だけ見たナゼルの真剣な表情を思い出すと、 いてもたってもいられなくなるのだ。 「――遅い」 「……ごめんなさい」 確かに遅刻気味だったから、エリスの言葉に素直に謝る。 エリスは一瞬訝し気な顔をしたけど、すぐに元の仏頂面に戻った。 部屋を見回しても、先生の姿は見当たらない。 座って待っていようかと練習用の長いドレスの裾を少し持ち上げたあたしに、エリスの厳しい声が飛んできた。 「来て早々座るな。ラギは遅くなるそうだ。それまでおさらいしとけだとよ」 ラギっていうのはダンスの先生。エリスのっていうか、芸事に秀でてるリデル家の関係者らしくて、 昔から知っているらしい。 「分った」 向かい合って一応形式的にお辞儀して手を差し出す。 不機嫌な顔は相変わらずで、動きも妙にギクシャクしてる。 ……うーん。正直あたしも普通よりはほど遠いレベルだけどさ、エリスも大概だと思うのよねぇ、ただしエリスはあたしと違ってステップを間違える事は無いから、あたしが足を踏む回数が多いんだけど……まぁ、今日もやっぱりしっくり来ない訳で。 手を繋ぐ所でタイミングがずれたりして、前のめりに崩れた体を意外にもエリスが支えてくれた。 珍しー、いつもならぱっと離されて、そこから喧嘩が始まるんだけど。 ついうっかりじろじろ見てしまっていたらしい。エリスは足を止めてあたしを睨んだ。 「何だよ。ジロジロ見て」 「え、ああ、ごめん。別に他意は無いんだけど」 エリスは舌打ちすると、水差しが置いてある端のテーブルに向かう。 どうやら休憩を取るらしい。それにしても、見られるだけでも嫌なのか。……本格的にあたし何かしたかなぁ、 なんて考えてみるけど、今更思い付く訳も無い。 「……まぁ、今は相変わらずで嬉しいけど」 つい漏らしてしまった本音を、耳ざとく聞きつけたエリスは水差しを手にしたまま、じろっと睨んできた。 「……何だよ、それ」 ――あ、しまった……。 心の中で呟いて、エリスの表情を伺う。これ以上エリスの機嫌を損ね無い様に、無理矢理愛想笑いを顔に貼り付けた。 「ほら、婚約話。候補の一人なんだからエリスも知ってるんでしょ。エリスがあたしの事好 きな訳ないし、これ以上気まずくなる人増えなくて良かったなぁって思って」 あはは、と軽く笑いながらあたしがそう説明すると、エリスは思い切り眉を顰め、 水差しを乱暴にテーブルに置いた。その勢いに中の水が零れる。 「俺がそうなら、そんなに迷惑かよ」 呻く様な声は、聞いた事無い程低い。綺麗な顔が台無しだと思えるほど凶悪な顔付きだ。 「……は?」 『そう』って何。 「言っとくけど、俺の方があいつらよりも年季入ってんだからな」 戸惑ってるあたしに構わずエリスは怒鳴る様に続ける。 ――なに。 何、言ってるんだろう。エリスってば。 「……えと、ごめん? 『そう』って何? 年季って何の? ……あの、エリスって、あたしの事嫌いなのよね?」 混乱する頭を整理する為に、あたしは素朴な疑問をエリスにぶつける。 なんかその言い方って、まるであたしの事――好きって言ってる様な気がするんですけど……。 ま、まさかねぇ……、エリスは、うん。エリスだけは絶対ありえない。 ところが、 「嫌いになれたら苦労しねぇよ……っ」 期待に反してそう吐き捨てたエリスは、あからさまにあたしから顔を逸らした。 頬も耳も分りやすいほど赤く染まっている。 はい……っ? えと、つまり、エリスもあの二人同様あたしの事好きって事なの!? 「だ、だ、だってだって! エリスあたしの顔見たら嫌味ばっかりじゃない」 「あれは……ここ最近、お前がセーヴォトといちゃいちゃしてるから、その……っ」 エリスは口の中でそう呟くと、ぷいっとそっぽを向いた。 セーヴォトといちゃいちゃ? そりゃ、他の男の人に比べたら頭とか髪とか撫でられたりする事も多いけど……。 ……それは世間で言う所の『やきもち』ってヤツ、よね? 「――本気に本気であたしの事好きなの?」 悪い冗談としか思えないあたしは、まじまじとエリスを見つめ、そう問い返した。 「しつこいな、……大体お前はどうなんだよ。結局誰を選ぶんだ?」 ……いや、それはあたしが誰かに聞きたいわよ。……ああ、なんかますます混乱してきたし。 「分かんない……。だって、突然言われても、三人の事そんな風に思った事ないし、 ……それぞれ王としても優秀で、十分に素質があるから」 「じゃなくて! 王とか立場とか別にして、お前は誰が好きなんだよ」 カツカツと靴音を鳴らして近付いてきたエリスの言葉に、あたし目を瞬いた。 『あたし』が、誰を好きって……? ……そういえば、あたし、王として相応しいかとか、あたしの事好きになってくれる人がいいとか、 そもそも候補者に上がって迷惑じゃないかとかばっかりで、自分の気持ちを改めて考えてなかった。 勿論、突然好意を告げられて、混乱してるっていうのもあるけど。 ホントだ。 『あたし』自身は、一体誰が好き、なんだろう? 「……」 ――分らない。 少し考えて心の中で呟く。 今までみんな当たり前の様にそばにいてくれたから――分からない。 嫌いか好きかで言うならみんな大好きだ。 ナゼルは頼りになるし、セーヴォトは尊敬してる。エリスは口悪いけど、ホントは優しいし。 「……ごめん。……分から、ない……」 少し迷って正直に告げる。 想いを寄せてくれてる人に自分でも不誠実な返事だと思う。 正直、エリスに怒鳴られる、と思った。けれど。 「……悪かった」 とっさに俯いたあたしに落ちてきたのは、ぶっきらぼうな、それでいてどこか優しい声だった。 驚いて見上げた先には、バツが悪そうなエリスの顔があった。 「悪い。お前を困らせるつもりはなかった。……考えてみたら昨日まで知らなかったんだから 戸惑うの当たり前だよな」 「エリス……」 その穏やかな声はこれっぽっちもあたしを責めていないのに、どんどん胸が苦しくなる。 すぐ近くにある物憂げな、少し悲しそうな表情。こんな表情させてるのがあたし? 「……ご、め……」 「それ告白の返事じゃなかったら謝るなよ」 思わず出してしまった謝罪の言葉を、エリスはそんな言葉で断った。 そして重くなってしまった雰囲気を和らげる様に、ああ、と少しだけ芝居がかった大きな声を出した。 「そうだ。俺からの忠告。言っとくけど、ナゼルは百歩譲って……も嫌だけど、まぁいいとして、 あの鬼畜男だけは絶対止めとけよ」 鬼蓄……、男……? 何だか泣きそうになっていたあたしは、その意外な言葉に首を傾げてエリスを見た。 「……誰それ」 ……鬼畜って事は、怖い人っていう意味よね? 昔カナが先代の筆頭女官が『鬼蓄だ』とボヤいてたのを覚えてる。……けど、今、あたしの周囲に、 そんな厳しい人いたっけ……? 思わず考え込んでしまったあたしの顔を見て、エリスは呆れた様に大きな溜息をついた。 「……お前も鈍いな。セーヴォトに決まってんだろが」 「セーヴォトが?」 なんで? ……セーヴォトって、そりゃ怒ると怖いけど、怒鳴られたり叩かれるって訳じゃない。 各部署の世話役に上がる前は勉強以外の時間もよく付き合ってくれた。 女官達にも貴族のご令嬢達にも人気あるし、どっちかって言うと優しいと思うんだけど。 ますます首を傾げたあたしにエリスは、もういい、なんて溜息交じりに呟く。 何よ。全然いいと思ってないじゃない。 ……うーん……? 今度会ったらセーヴォトに直接聞いてみよう。 何だか納得いかないものを感じながら、エリスに勧められてあたしも同じ椅子に腰掛ける。 二人の時には珍しい穏やかな時間、時計の針の音だけが静かに耳に届く。 三人の事、真面目に考えなきゃいけない、よね……。ああ、でもエリスとこんな風に過ごすの久しぶりだなぁ……。 エリスとの気まずさもさるものながら、ここ最近はとても忙しくて、その上急な婚約話が持ち上がったりして 、こんな風にぼうっとしてる時間なんて無かった。 何だか今だけは何も考えたくなくて、静かにその音に耳を傾けていると、ふいにエリスがぽつりと呟いた。 「――なぁ、ダリア、分かってるんだ。俺が選ばれる確率は低いって」 「……え……」 「言い訳だけど俺にも家のしがらみとか色々あって……散々お前の事当り散らして苛めてきたし、認めたくねぇけど、あの二人に比べたらまだまだガキだし」 そんな事無い、と言おうとしたあたしをエリスが柔らかな目線で留める。 小さく溜息をついてエリスは顔を上げ、まっすぐ正面を向いた。 「国を治めるのって大変だよな。女王見てたら分る。――もし選んでくれたら、……俺がその後ろで、この体全部使って、お前を守りたいと思う」 囁くような小さな声だったけれども、その言葉には強い意志が込められていた。 2007.5.4更新 |